業界横断的に広がっているテーマやグローバル規模での協調が求められるテーマにおいて研究開発を進める際に、初めにそのテーマのマクロトレンドを俯瞰することは大切なことの一つです。その際、公知レベルの情報からでは把握しきれない部分をどのように補完するかは、戦略を見定める際の悩みの種ではないでしょうか?
本記事では、「将来のエネルギー貯蔵技術」をテーマに、ナインシグマ独自のプラットフォームOI Councilを使い、このような課題にアプローチした事例を紹介いたします。
近年、電力の需給バランスを意識してエネルギーを管理することの重要性が認められ、需要家側への分散型エネルギーリソースの導入が進みつつあるなかで、大規模発電所による従来型のエネルギー供給システムも見直されつつあります。工場や家庭などの需要家が有する小規模な分散型エネルギーリソースをIoTの力で統合することで、高度に電力需給バランスをコントロールできるようになります。こうした仕組みは、まるで一つの発電所のように機能していることから「VPP(バーチャル・パワー・プラント=仮想発電所)」と呼ばれており、次世代の電力システムとしての活躍が期待されています。
「将来に向けた分散型エネルギーリソース」といった社会全体に関わる構想とは、自動車・電機・素材をはじめとする様々な産業を世界規模で巻き込みながら発展していくものであり、それぞれの業界の中での戦略立案の際にも、各々の課題を俯瞰的にあるいは業界横断的に眺めることがますます大切になってくると考えられます。
そうしたなかで、今回ナインシグマでは「VPP向けの代替エネルギー貯蔵技術に関する市場トレンド」をテーマに、この「将来のエネルギーリソース構想」について掘り下げることにしました。公知となっている情報を見てみると、VPP構築用途としてリチウムイオン蓄電システムや家庭用燃料電池、レドックスフロー電池などの技術情報が候補として挙がっていますが、それらのうちどれがより優れているか、検証段階なのか/小規模ながら製品導入済なのか、などを比較しつつ課題を俯瞰的に把握するのは決して容易ではありません。
そこで、ナインシグマでは、OI Council(海外の技術者・専門家・潜在顧客などの声を短期間で多数集めることができる独自の技術評価プラットフォーム)を使って、本テーマにアプローチしました。OI Councilの特長の一つとして、調査レポートやWeb調査では把握できない、実際に開発やビジネスに現在携わっている方の知見や経験に基づく生の感覚や意見を数週間程度で気軽に手にすることが出来る点が挙げられます。
今回の調査では、世界中のエキスパートたちの現場目線・専門家視点からの回答52件を得ました。このように、公知情報だけからはなかなか得られない生の声を分析・考察することで、VPPやエネルギー貯蔵技術に関連する様々な分野・業界の「いま」を把握し、将来のトレンドについて考えるための材料を得ることが出来ました。
■調査概要
・調査方法:ナインシグマのOI Councilを活用したWebアンケート調査
・調査対象:欧米を中心としたグローバル企業の現役マネージャー層
・回答数:52名(回答者の所属業界内訳は以下円グラフを参照)
<回答者業界内訳(100%=52名)>
・アンケート項目
Q1: 最も注目している代替エネルギー貯蔵技術は?
Q2: Q1の技術に注目している理由は?
Q3: Q1の技術の強み/弱みは?
Q4: Q1の技術の有用なユースケースは?
■調査結果
●OI Councilのエキスパートたちが注目している代替エネルギー貯蔵技術
以下のグラフは、Q1「最も注目している代替エネルギー貯蔵技術は?」への回答の集計結果です。この結果から、エキスパートたちは「次世代二次電池」や「燃料電池」に注目していることが分かりました。以降、この2種類の技術について、Q2以降の設問の回答結果を概観します。
<Q1「最も注目している代替エネルギー貯蔵技術は?」に対する回答内訳>
●次世代二次電池に注目するエキスパート(全52名中、30名)のコメント
近い将来にLi金属やLiSなどの次世代バッテリー技術が開発されると推測。第一号としてEV(電気自動車)への導入の可能性を予想。
次世代二次電池に注目している理由(Q2) コメント例
● もっとも実用化に近い技術は、次世代二次電池だろう。ただし、5年後というのは、製品開発としては非常に短い。(電機業界/シニア)
● リチウム金属電池は、従来の技術に比べてエネルギー密度が高く、既存のリチウムイオン電池工場でも大きな変更なく組み立てることができる。(化学・材料業界/ディレクター)
● LiS電池は、エネルギー密度が3倍高く、より安全な技術。様々な分野でクリーンな電池主導のエネルギーの採用を加速させることが期待されている。(石油・エネルギー業界/シニア)
次世代二次電池の強み/弱み(Q3) コメント例
● 弱みは、高度な技術を持った化学エンジニアが必要なことと、化学技術の変化に合わせて工場の生産の調整が必要なこと。強みは、電池開発の進展に伴って工場の技術力が向上すること。(自動車業界/マネージャー)
● Liイオン電池は、非常に高い理論容量を持つ。Li金属の管理は、蒸着の不均一性やデンドライト(短絡の可能性)の生成に関連した安全性の問題のために困難。(石油・エネルギー業界/シニア)
● LiSは、他のLiに比べて寿命や容量、体積あたりのエネルギーに優れる。5年で成熟するかもしれないが、まだ大量生産の実績は不十分。(防衛業界/シニア)
次世代二次電池の有用なユースケース(Q4) コメント例
● EVに最初に採用されるのは間違いないだろう。(化学・材料業界/ディレクター)
● EVaaS。SDN対応のスマート交通システムにおけるエネルギー取引のための電気自動車向けサービス。(IT・ソフトウェア業界/シニア)
● チタン酸リチウム電池は、過熱に対する安全性が高い。他の負極バリエーションのリチウムよりも寿命が長く、急速充電とゆっくり放電が可能で、高率で充電できるため、単独運転のプロジェクトで最も有効。火事の可能性が減り、地方での使用にも有利。寿命も長く、フロー電池との互換性もある。(石油・エネルギー業界/シニア)
●次世代二次電池に注目するエキスパート(全52名中、12名)のコメント
燃料電池の性質やこれまでの使用例を有力視。導入への政府の後押しも評価。すでに実用化が進められ新技術開発も進んでいる現状も期待を寄せる一因。
燃料電池に注目している理由(Q2) コメント例
● 一般に電池技術には、リサイクル・寿命・安全性・エネルギー密度などの問題があるが、水素燃料電池技術はこれらのほとんどを克服できる。水素はインフラや輸送が必要なために電気自動車にとって最も有望な技術ではないが、エネルギーグリッドでは輸送は必要がない。(電機業界/スタッフ)
● 燃料電池は、各国政府やEU委員会が水素の利用を促進するために多くの取り組みを行っており、エネルギー貯蔵市場の中で重要な位置を占めることになるだろう。この構想は、製造コストの削減につながる研究開発に資金を提供するものになる。(電機業界/リサーチャー)
燃料電池の強み/弱み(Q3) コメント例
● EUでは水素インフラの開発が盛んに行われ、多くのパイロットプロジェクトに最大80%の補助金が出ている。燃料電池技術は、発電の水素利用に最適。特にハイブリッド燃料電池のソリューションは、水素だけでなく天然ガスにも対応しているので、顧客は一つの燃料タイプだけに依存するのではなく、予備の燃料を持つことができる。(再生エネルギー業界/シニア)
● 水素は無色・無臭で、炎は昼間ではほとんど見えないので、検知器が必要。水素は天然ガスの3.8倍の速さで拡散する。1 kgの水素は、1ガロン(3.2 kg)のガソリンと同じエネルギー量。出発原料は豊富で、掘削の必要もない。(化学・材料業界/CXO)
燃料電池の有用なユースケース(Q4) コメント例
● 明確な使用例として、再生可能エネルギーのハイブリッド生産が挙げられる。風力発電と太陽光発電とを組み合わせて、エネルギーを蓄えて水素を作り、必要に応じて燃料電池で水素から電気に変換することができる。(電機業界)
● 再生可能エネルギーが国内需要を上回っている北欧諸国では、すでに水素経済が検討されている。水素は将来使用するために貯蔵されていく。(再生エネルギー業界/スタッフ)
■結論
今回のOI Councilを活用した調査から、各産業の現役エキスパートたちは、リチウムイオン系をはじめとした次世代二次電池や燃料電池に、VPP向けの代替エネルギー貯蔵技術としての今後の活躍を期待していることが分かりました。こうした最先端の技術に関して、公知情報のみでは、各技術の検討状況や導入事例を知ることは比較的容易ですが、技術同士の比較や業界ごとの見立ての違いを把握することはそれほど簡単ではありません。そこに、OI Councilによって「VPP向けの代替エネルギー貯蔵技術に関する市場トレンド」をテーマに多くの業界から現場視点・専門家視点の意見を集めることで、「将来のエネルギーリソース構想」の「いま」および「これから」に関する一つの示唆ないし展望を見出せたのは、意義深いことだと考えます。
通常、幅広い業界のエキスパートから専門的な知見や経験に基づく意見を集めたいという場合に、専門家への個別にコンタクトを試みてインタビューを実施するというのは、そのコミュニケーションコストに対して効率も確度も高くはありません。いっぽう、公知ベースの情報では最新のトレンドをつかむことは難しく、深い洞察をしようにも限界があります。
ナインシグマのOI Councilでは、課題に関するアンケートを作成し、プラットフォームを通して投げかけるだけで、各分野の現役マネージャー層の現場視点・専門家視点からの有用なコメントを短期間(通常1-2週間程度)で集めることができます。是非、OI Councilを通して、スピード感のあるオープンイノベーションを体感していただきたいと思います。