現在、オープンイノベーションが空前ブームのような印象を受けますが、私は、言葉だけが先行していると感じています。そのような状況下では、トップダウンで任されたオープンイノベーション推進チームが、「一体何をすれば良いのか」と戸惑っているというのが、日本企業の現状と言えるのではないでしょうか。“ブームのトップダウン”では上手く機能していきません。
本コラムでは、私が大阪ガスでオープンイノベーション室をゼロから立ち上げた経験から、オープンイノベーションをはじめるうえで重要だと思った事を記述します。
<オープンイノベーションをはじめる上で重要な3つのポイント>
オープンイノベーションを組織的に推進する上で、私が留意していた重要な3つのことをご紹介します。
1つ目は、内部でオープンイノベーションの方針・ビジョン・計画、とそれに沿った予算計画をしっかりと作り、「我が社はこういうやり方でやっていく!」といった自社独自の方針をがっちりと固めることです。
2つ目は、内部で決めた内容に関して、トップを説得して、“本気のトップダウン”に持ち込むことです。
ただし、この2つが揃っただけではオープンイノベーションは前に進みません。本当に重要なのは3つ目です。
それは、現場の技術者や研究者の“意識改革”です。オープンイノベーションを実際に行うのは、現場の研究者や技術者であり、彼らが自前主義の意識を持っていてはなかなか進みません。こういった人々の意識改革が重要なのです。
オープンイノベーションは、「方針策定」「トップの本気度」「現場のやる気」、この3つがそろってはじめて、スタートラインに立つことができます。
そして、その3つの要素がぐるぐると良いバランス、良いリズムで循環することが欠かせません。そのためには、オープンイノベーション推進リーダーが、しっかりと舵を取り、進んでいくことが求められます。
<トップを巻き込んだオープンイノベーションの方針策定>
大阪ガス時代に当初2008年に大阪ガスグループにイノベーションが起こる仕組みを考えろ。との指示を受けてオープンイノベーションをスタートしまが、その時に目的を絞りました。グローバルな競争環境の激化を背景に、とにかくスピードを上げる“スピードアップ”、製品の製造レベルを上げる、燃料電池はいつになったら商品化できるか分からない状態だけれど、電気のヒートポンプはどんどん効率を上げている、そんな時代でした。性能を飛躍的向上させることで競合製品に勝つ為の“性能アップ”
コストを抜本的に下げることで、“競争力アップ”これらの3つのアップを狙って、まず行ったことは、徹底した外部技術の積極的な活用です。技術開発を早期に製品化、事業化につなげていくということを明確にしました。
さらにポイントとしたのは、毎年、会社の経営方針を反映させた形でのオープンイノベーションのビジョン、そして方針を立て、明示するということです。オープンイノベーションのビジョン方針が経営方針とかけ離れていたのでは意味がありません。ビジョン方針を策定し、経営陣にいかに魅力的に伝えるかということが必要とされるのです。経営陣の賛同を得て、ビジョン方針を明確に見せることで本気での実践を目指す。つまり、“本気のトップダウン”につなげることが非常に重要になるのです。
大阪ガス時代に「燃料電池に代わる画期的なものをオープンイノベーションで出して欲しいというのが本音だが、まずは大阪ガスという会社全体にしっかりとオープンイノベーションを浸透させるべきだ」と社長はきちん言ってくれました。「大阪ガスの研究者・技術者は圧倒的に内向きである。オープンイノベーションで異分野とのコミュニケーションで視野を拡げる事が重要である。」自社がオープンイノベーションを中長期にやるという考え方があるとないのでは大きな違いで、参加する側には安心感を与えます。新しいことをチャレンジするときに短期的に成果を上げようとすると、リスクを取らなくなるものです。その結果、チャレンジ自体しなくなってしまうのです。
<現場の意識改革と啓蒙>
はっきり申し上げて、現場の意識改革は高い壁であり、容易ではありません。私がオープンイノベーション推進リーダーとして実際に行ったことは、オープンイノベーションの有用性を知ってもらうということです。知ってもらうということ、つまり、啓蒙し、
そして徹底的に実践を支援するという流れに繋げていきます。オープンイノベーションは研究者・技術者の味方であることを、繰り返し繰り返しひたすら根気強く説明し、さらに言葉で説明するだけではなく、それを行動で示すことが重要なのです。
また、ミドルマネジメントの方々、実際のプロジェクトリーダー、そして担当者等、それぞれの立場の人たちに対して、社内くまなくオープンイノベーションの重要性を伝えるということも非常に重要です。リーダーには、“従来のやり方とオープンイノベーションの違い”について、相手が腑に落ちるまで説明して伝えることが求められます。
私は、社内、グループ内、津々浦々キャラバンに回りました。まさに、研究者や技術者とのディスカッションのためです。あなたの研究計画は5年後商品化となっているが、なぜ3年にできないのか。さらに、それを1年にできないのか。よりスピーディーに進めるには、何が壁となっているのか、何が課題なのか、どの技術をインソーシングできたら短縮できるのかあるいは性能が上がるのか、など。
こういったことをディスカッションしていくと、研究者は「これが課題です。」とぽつりぽつりと徐々に話し始めるのです。そういったことに対し、私が「分かりました。それを一旦私に預けてください。私がその課題の解決策を探して来ます。」としていくことで、ニーズがどんどん集まって来るという状況になっていったわけです。
私が大阪ガスでオープンイノベーションをやったときには、2つの大きな反対がありました。1つは「マツモトがオープンイノベーションとよくわからないことを叫んでいるが、それは所詮共同開発、委託研究ではないのか。そんなものは大昔からやっている」という声でした。
そんな声に対して、「いやいやそうではないですよ、皆様方がやっているのはこれまでの付き合いの中での研究であり、想定内の開発です。これではイノベーションは起こりません。業界の壁、地域の壁、組織の壁、あらゆる壁を越えたところに本当に最適な技術、最適なパートナーがあるのです。それを探しましょう!」と、丁寧に説明して回りました。
もう1つの声は、これは主に研究所からの意見だったのですが、「もし、オープンイノベーションを行ったらうちの強みがなくなってしまう。やるべきことが10あったら全部自前でやるべきではないのか」というものでした。これに対しては、「それは誤解です。アウトソーシングではありません。強い技術を探してきてインソーシングすることで強みがより強くなるのです」と説明したのです。
それほどまでにオープンイノベーションに対して反対の姿勢だった大阪ガスの研究所が、一番、オープンイノベーション室に技術探索依頼をするようになったのです。それはなぜか。10やるべきことを全部自前でやっていては10年20年30年かかってしまうと。もし、自分でやることを3つ4つにギュッと絞ることが出来たら、その3つ4つは世界トップになる確率が高まる。そして残りの6,7はオープンイノベーション室に任せることで、よりスピーディーに研究シーズが事業につながる、ということに研究者たち自身が気づいてくれたのです。
<現場の意識改革:推進チームによる実践支援>
上記のように研究者にオープンイノベーションの有用性を気づいてもらうためには、実践する、そして、それをオープンイノベーション推進チームが支援することが重要になってきます。
特に、各段階における課題の克服について実際に支援することが非常に大切です。プロジェクトリーダーは、オープンイノベーションの実践がはじめてであれば不安を抱くのも当然です。オープンイノベーション推進リーダーはその不安を取り除くための相談相手になること、それも役割のひとつなのです。
テーマの設定の前には、課題の掘り起こしとか課題の具体化などを行います。視野を広くするにはある程度の強制力が必要な場合もあるのです。そんなときには、推進リーダーが実際にやってみせるということが重要になってくるのです。シンプルなことですが、これをやるのとやらない
のとでは、意識に大きな違いが出るということを、私は経験から学びました。
さらに、協業先との交渉等の仲介役も担います。外部からの提案があったときには、それを社内に説明しないといけない、そういう仲介者・エージェント役と言いますか、そういうことをやるのもとても大切なことなのです。理解できないと排除してしまうこともあるので、技術ニーズや技術そのものを翻訳し、外部に分かりやすく伝えるというポジションにもなるわけです。
補足ですが、オープンイノベーションをやることで、今までにないパートナーの情報がどんどん集まるようになります。それはデータベースになります。そのデータベースを社内で共有できるような仕組みも大切かなと思っています。そのような情報にアクセスしやすくすると、オープンイノベーション的な発想が社内で広がるのではないかと感じています。
<最後に>
オープンイノベーションに失敗している企業からアドバイスを求められることが多くあります。失敗に終わっている要因として共通しているのは、オープンイノベーションの推進を自前主義でやっているという点です。オープンイノベーションの推進はオープンイノベーションでやらないとうまくいかないのです。すでにオープンイノベーションを取り組み始めている企業を大いに活用することをおすすめします。オープンイノベーション活動自体を自前でやる必要はないのです。もちろん、私も自分の経験を広く活かしていきたいと考え、ナインシグマに転職しておりますので、お気軽にご相談いただければと思います。