オープン・イノベーションで「自前主義」からの脱却を目指す
諏訪今年1月の化学工業日報のインタビューで、「最近は自社だけでは解決できない課題が増えており、オープン・イノベーションが基本的な方針になっている」とありました。御社では、オープン・イノベーションをどう位置付け、今後どのように推進されていくのか教えてください。
朝隈社内でオープン・イノベーションという言葉を使い始めたのは、5、6年くらい前からだと思います。
諏訪日本の企業の中では、早い方ですね。
朝隈はい。社外の技術を取り込み、我々の技術と組み合わせることで、お客様のニーズにより深く応えていけるという考えから、研究方針の中でもあえて「自前主義からの脱却」を掲げています。
諏訪オープン・イノベーションを積極的に進めていくお考えですね。
朝隈ええ、その方針です。
諏訪オープン・イノベーションを成功させるには、何でもかんでも外に求めるのではなく、「自分たちのコア技術(強み)は何で、それをどのように伸ばしていくか」といった考えをもとに進めることがとても重要だと考えています。
朝隈今の立場になり、研究部門の人と話しをする中で、うちのコア技術について突き詰めていくと、いろいろと曖昧さを含んでいることが分かってきました。高分子設計や複合化技術といっても数ある中で、何がうちの強みなのかをしっかり理解した上でその技術を誇るのであれば問題ないのですが、自社の強みが曖昧だと逆に混乱を招いてしまいます。
諏訪「一橋ビジネスレビュー」(東洋経済新報社刊)のオープン・イノベーションの特集で、米倉先生と清水先生が、オープン・イノベーションを進めるメリットの一つに、「自社のコア技術の棚卸が進む」という点を挙げられていました。御社はまさにコア技術の選択と集中を進めているといってもいいかもしれませんね。
朝隈ええ。我々の強みを明確にするためにも、あらためて会社とコア技術とは何か、再規定が必要だと考えています。
諏訪化学や材料メーカーの皆様は、材料そのものを強みに事業をされているので、外部から取り込む技術はプロセス技術や検査技術の場合が多い、というのが我々の理解ですが、御社の場合、社外から技術を取り込んで強化したい技術領域はありますか?
朝隈当社は化学のメーカーですが、あくまでルーツはフェノール樹脂です。フェノール樹脂は自分たちでいろいろな反応を含めて重合していますが、例えばポリエチレンやポリアミドといった他の材料は、他から樹脂を買ってきて、社内でコンパウンディング(配合)したり成型加工をしたりしています。これまではただ買ってくれば良かったのですが、やはり元の素材の性能が最終製品の性能をかなり左右するので、ゆくゆくは自前で素材を持たなければならないという思いは以前からありました。そのため、プロセス技術や検査技術だけでなく、材料のベース技術の強化も視野に入れています。これまでも、新しい樹脂のベース技術を持った企業を買収したり、独占的な実施権を獲得するなどしてきましたから。
諏訪れは、多様なお客様のニーズに対応する上で、さらに選択肢を広げたいという意味ですか?
朝隈そうです。今も新しいベースの材料技術を探索しています。
諏訪今後、さらに広げたい領域はありますか。
朝隈今年(2014年)の6月に航空機の内装部品を製造し、航空会社に直接納めるTier 1(一次サプライヤー)のポジションにあるアメリカの会社を買収しました。その会社は、我々が今持っている素材だけではなく、もう少し加工度を上げた、より川下に近い製品を作っている会社です。
諏訪つまり、川下の加工度を上げる技術も必要になってくるのですね?
朝隈ええ。そうなると当然、川上の素材技術も高めていかなければなりませんから、両方の技術が必要です。
諏訪この対談の読者の中には、就職先を検討している学生や転職を考えている研究者も多くいます。「こんな人に興味を持ってもらいたい」もしくは「どういう準備をして臨んでもらいたい」など応募者に対して何かご意見やアドバイスはありますか?
朝隈研究の仕事はまず好奇心を持って何でもやってみようと思う人が向いていると感じます。住友ベークライトではこれまで、与えられたことをしっかり進めることを得意とするタイプの方が多く集まる傾向にありました。しかし、今後の研究者には、もっと視野を外に向けて研究に取り組んでほしいと思っています。
諏訪外に視野を広げることは、競合の動きをより早く察知することにもつながりますからね。
朝隈ええ。特に研究においてこれまでは、具体的な開発目標があって、競合がどこでどういうものを持ってきているか、ある程度情報が入っていました。しかし最近では、そういう研究をしているところが世の中にあるのかどうかも、またたとえあったとしても相手がどのくらいのレベルに達しているのかも見えにくくなっています。 相手が見えなくなると、自分のやっていることは「すごい」と思えるのですが、逆に、一所懸命やっていても他との比較がない分、ペースが落ちてしまいがちです。 今の時代、スピードも求められるので、その意味でも視野を外に向けることはとても重要です。
諏訪25年先を考えつつも3カ月でとにかくいろいろやってみるというプログラムや、特定のお客様に対して全社的に提案する活動などは、視野を外に向けるという意味で有意義ですね。
朝隈ありがとうございます。これらの活動以外にも、製品開発を行う応用研究開発研究所ではすでに、研究者であっても、積極的にお客様のところに出向いて事前にニーズをつかむような取り組みも進めています。お客様のニーズをつかむとスピード感も把握でき、研究に対するモチベーションも維持できますから。
諏訪それは研究でも同じですか?
朝隈もちろん。研究に近いところでも、企業だけでなく大学を訪問するなど、自分でテーマを開拓する余地はあると思っています。「どんなことでも、やろうと思えば何だってできるんだ」という強い意志を持って取り組んでほしいですね。
諏訪強い志があればどんな状況においても解決を導く手助けとなってくれますからね。
朝隈ええ。研究開発は当たるかどうか誰にも分かりません。もちろんうまくいくことに越したことはないのですが、当然、途中で中断したり、場合によっては中止になってしまうこともあります。自分の手掛けるテーマが中止になると負い目を感じるのはよく分かりますが、そういうことにめげることなく、さらにもっと良いテーマを見つけてトライ&エラーをしながら進んでいくんだ、という強い意志も必要です。
諏訪前に向かって進む力と強い志が必要なんですね。
朝隈ええ。会社で行う研究ですから、当然、将来どういう形で事業を創造していくのかというビジネス的な位置付けを感じるセンスも必要です。そうした感覚を持ちながら、しっかり考え抜いて説明できるマーケティング的な視点も、研究者には持ってほしいと思います。私の役割は、そうした研究者が一人でも多く出てくるような組織や仕組みへ進化させることだと自負しております。
諏訪まさに、お話しいただいた御社の取り組みはその一環ですね。 本日はテーマ創出の新しい試みや求める人材像等、貴重なお話をありがとうございました。
朝隈こちらこそ、ありがとうございました。