JR西日本(西日本旅客鉄道株式会社)様
- 鉄道本部 イノベーション本部 オープンイノベーション室/技術収益化・知財戦略 課長井上 正文様
- 鉄道本部 イノベーション本部 技術収益化・知財戦略 課長代理田中 恭介様
- 鉄道本部 イノベーション本部 オープンイノベーション室 課長代理吉川 智貴様
- 鉄道本部 イノベーション本部 うめきたPT四家井 祐一様
御社は、経済産業省特許庁が実施する令和3年度「知財功労賞」において、知的財産権制度活用優良企業(オープンイノベーション推進企業)として経済産業大臣表彰を受賞されました。最初に、御社が精力的にオープンイノベーション活動に取り組まれることになったきっかけについて、お聞かせください。
井上さん:契機になったのが2018年に策定した「技術ビジョン」と、発足させた「オープンイノベーション室」です。私たちは本来は鉄道会社として、世の中の様々な企業の方々の技術の力を借りながらサービスを運営しています。ですから、その取り組み自体がそもそも「オープンイノベーション」とも言えると思いますが、不確実な未来に柔軟に対応すべく、その動きを一層加速させていくためオープンイノベーション室を5年前に発足させました。鉄道だけでなく、新たなところに果敢にアクセスして、活動を広げていくことを目指しています。
鉄道は技術の塊でありながら、これまで弊社では中長期的な経営計画を策定するのみで、技術の方針を定めたものがありませんでした。そこで、20年後の姿を描いたうえで、その実現のための技術を考えていくものとし、「技術ビジョン」を策定しました。これまでの固定概念を捨てて取り組んでいかないと、自分たちが描く未来に辿り着かないというところもあって、「オープンイノベーション」により広く柔軟に技術や知見を取り入れることが非常に大事だという考えのもと、具現化を進めてきた経緯があります。
「技術ビジョン」が御社の「オープンイノベーション」の取り組みに大きな意味を持っているのですね。策定の背景について、もう少し詳しくおしえていただけますか。
井上さん:この「技術ビジョン」を策定する前は、会社の方針として技術を企画する部署が無く、全社員が技術に関して同じものを見るということはありませんでした。技術に関わる複数の部署、技術系の関連会社で似たような開発が乱立している、というような状況もあり、そのような反省を踏まえて、技術を企画・統括する組織を立ち上げ、「技術ビジョン」という羅針盤を作ることにしました。全社員・グループ会社にも冊子を作って配布しています。意識統一という意味合いにおいてかなり重要なものだったと思います。
鉄道会社ですから、安全面での技術活用は非常に大切です。但し、技術を「守り」にだけ使うというのでは進化がないと考えていますし、企業としての持続可能性も担保できないと思います。「攻め」て行った結果、企業として生き残ることが出来、安全も維持向上できる、という考えのもと、「攻め」の技術開発で、新たな価値を産んでいくということを「技術ビジョン」の中でも大切にしています。
「オープンイノベーション」の取り組みについては、これまでどのように行われてきたのでしょうか。
井上さん:会社の組織もかなり大きいですし、「やるぞ!」と言ってもなかなか動かすことができないところに課題感がありました。過去には、推進していく内容をテーマ化するまでに1年かかり、その頃にはもうタイミングを逃して、時代遅れということもありました。
そのような反省から、まだテーマに上げるかわからないけれども、時間やお金をかけない、小規模な実験テーマとして実施するようにしました。そして、それを加速する手段として、「オープンイノベーション」を活用することとしています。自分達だけで机に向かって「うーん」と考えていても、3ヶ月ぐらい経ってしまいます。それを、知見・経験のある方の力を借りて試してみる。そこで失敗もありつつ、情報を広く取りながら、自分達の課題に突き刺さるのは何か?ということを壁打ちをしていく。そうやって自分たちのやり方を高めてきた、そんな歴史がありますね。
なるほど、「時間やお金をかけずにまず試す」には、社外の知見・経験が不可欠ということですね。そのような取り組みをルール化した後の、社内への浸透はどのように行われたのでしょうか。
田中さん:策定した「技術ビジョン」と「具体的な一歩」を、両論で示すことを心がけて推進していきました。
社員からしてみると本社の人が出してきたものですし、「イノベーションって一体何なのか?」という反応も正直ありました。そのため中期経営計画と「技術ビジョン」を共に発表すると同時に、社内でのキャラバン活動をし、現場を回ってビジョンを浸透させていくという草の根活動をしていきました。ですが、それだけでは「内容はわかったけれど、具体的に何をしたら良いかわからない」という声もありましたね。そこに対しては「技術ビジョン」の3つの切り口である安全、CS(サービス)、生産性それぞれに対して、計17個のテーマを立て、推進していくこと、その先にビジョンがあることを改めて伝えていきました。テーマについて理解をしてもらった上で、実行責任と人のアサインを依頼していきました。
また具体的なテーマの一つとして、「うめきたプロジェクト」があります。このビジョンを策定したのが2018年で、うめきた地下駅の開業が2023年になります。当時「技術ビジョン」を一点凝縮で実行するのに相応しい場所がないかというところで、5年後に開業予定だったうめきた駅をチャレンジの舞台にしていこうとなりました。フラッグシップとしてうめきた地下駅の中にその時々の最新の技術を取り入れて、ショーケースにしていくことを決め、様々な実証実験やプログラムを打ち出してきました。もちろん、これで終わりではなく、この舞台を使って今後も永続的にチャレンジをしていく予定です。
ビジョン浸透を具体的なテーマと共に伝えていったのですね。こういった検討は、どのような体制で進められているのでしょうか。
田中さん:元々は、数人で「技術ビジョン」の検討をして、そこから社内を巻き込んで広げていきました。今は、イノベーション本部となり、80人ぐらいの組織です。
我が社には車両や施設、駅業務や運行を司る主管部門がそれぞれの持ち分をしっかりと考える中で、全体最適を追求し、イノベーションを起こすための横串でのプロジェクトマネジメント機能をイノベーション本部で担っています。そこに「オープンイノベーション」の協力者として「リエゾン」と呼ばれる50名前後の主管部門の社員が関わりながら、日々活動をしています。単発のプロジェクトという位置付けではなく、今後もJR西日本の継続的な営みとしてやらなければいけないことだと考えています。
吉川さん:「リエゾン」は人事異動による配置ではなく、各組織でやりたい人が集まるような自発的なものとしました。イノベーション本部では20%ルールを持っており、その中でチャレンジ企画をやっても良いことになっています。会社としてもそのルールが基準になっていて、本業以外の企画についてもそのくらいの割合であれば許容となっています。
外部組織との取り組みには費用がかかりますが、費用はどのように管理されているのでしょうか。
井上さん:イノベーション本部で予算管理の権限を持っています。実施内容・いつまでにそれを実現するのか、エントリーの際に事細かに記述してもらう形になっていますので、その内容をイノベーション本部で確認した上で、予算を適切に配分するという運用になっています。
発足して4年経ちますが、社内の雰囲気は変化してきていますか。
井上さん:すぐには変わらない部分もありますが、やり切ることを見せるのが大事だと痛感しています。先般、「知財功労賞」をいただき、マスメディアにも取り上げられるなどPRの機会も増えてきています。社内の広報誌やホームページにもアップするようにしていますので、社内の認知度は一定上がってきていると感じています。
どんな小さいことでも「やってよかった」と共感してもらえると、多くの人を味方につけられるようになります。実感してもらえるものを作り上げることがポイントですね。また、こういった大きな改革には、経営のコミットが不可欠だと感じています。経営者が集まる場面においても積極的に説明をしています。より強く意識を持ってもらうための勉強会も定期的にしています。
田中さん:具体的な実感を伴わないと人はなかなか変わらないと考えています。例えば、うめきたブロジェクトは、1テーマ1つはここで実証実験をしましょうとして発足させました。実証実験をして、プレスリリースを出すタイミングになると、これまで少し斜に構えていたような人達も、やる気に前向きになってきたと感じました。いきなり途方のないビジョンを見せても動かないので、実感が伴うような具体的な一歩を見せながら、プロジェクトを推進することが非常に大事だと思います。
四家井さん:うめきた駅は開業まであともう少しですので、かなり具体的なプランになっています。広報活動も増えてきていますし、ものとして形になって出来上がっていく過程が社員のマインドシェアアップに直結していると感じていますね。