”購入した製品を消費者自身が修理したり、信頼する修理業者に依頼したりすることができる修理する権利(Right to Repair)の法整備が欧米で進んでいます。修理はメーカーに依頼するのが主流でしたが、環境への配慮や経済的な合理性の観点から、製品寿命を延ばし廃棄物を削減できるこの動きが広まりつつあります。この動向は今後の製品設計や材料開発にも大きく影響を与えると考えられます。本コラムでは、修理する権利の広がりによる影響を探っていきます。”
<修理する権利の広がり>
従来、故障した製品はメーカーが認めた特定のルートで修理したり買い替えたりするのが一般的でした。しかし、ユーザーが自由に修理を行えない仕組みは不要な買い替えによる大量の廃棄物を生み出し、環境負荷増加の一因となってきました。
こうした問題意識の中、修理する権利(Right to Repair)が広まりつつあります。
欧州では、商品の修理を促進する指令が2024年7月に発行され、メーカーは合理的な価格でスペアパーツへのアクセスを提供することが義務付けられました。米国に目を向けるとニューヨーク州をはじめとする一部州で修理権を法制化する動きが進んでいます。さらに、企業の対応としては、Appleが自社製品向けに「セルフサービス修理」プログラムを拡大し、従来は入手困難だった純正部品やツール、修理マニュアルを消費者にも開放するなど、象徴的なトレンドが見られます。
修理する権利の対象としては、 例えば欧州では家庭用洗濯・乾燥機、調理家電、家庭用食洗器、家庭用冷蔵・冷凍庫、掃除機、オーディオ機器、テレビなどの電子ディスプレー、コンピュータ・コンピュータサーバー、携帯電話・タブレット機器、溶接器具などが挙げられ、対象製品は将来的にさらに拡大するとみられています。
これらの動向は、必然的に今後の製品設計や材料開発にも影響を及ぼします。今回の調査ではナインシグマ独自の業界エキスパートコミュニティであるOIカウンシルへ質問を投げかけ、社会的なトレンドに対する様々な業界のエキスパートたちの生の声を収集しました。修理する権利の広まりによって、今後どのような製品設計や材料開発が必要になっていくのか、ビジネスモデルはどのように変化していくのかを調査しました。
<調査方法>
調査内容: |
修理する権利の取り組み状況と課題の把握 |
調査方法: |
OIカウンシルを使用した調査(業界エキスパートコミュニティへ質問を直接問いかけていただくサービス) |
調査期間: |
2024年11月 |
【質問】
Q1.修理する権利」の対象となる製品に関する業務経験を教えてください。
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1,私は、現在または将来的に修理する権利の対象になる/なりうる製品(家電製品、電子機器など)に携わっています。
2,私は1の製品の部品(電子部品など)を携わっています。
3,私は2の部品の製造に使用される材料を携わっています。
4,私は修理する権利に関連するような製品や部品を携わっていません。 |
Q2.Q1で選択した製品や部品、材料に関して、具体的にどのような業務を行っていますか?。
Q3.「修理する権利」の進展が今後、製品設計や材料開発にどのように影響すると考えますか? Q1 と Q2 での経験に基づいて、あなたの考えを教えてください。
Q4.「修理する権利」に関する法律が進展するにつれて、修理関連のビジネスモデルはどのように進化すると思いますか? また、ビジネスモデルの変化によって、どのようなメリットやデメリットが予想されますか? 具体的な例を含めて、教えてください。
<調査結果>
有効回答数:43件
■ 回答者の所属業界
■ 回答者の所属地域
修理する権利が影響を与える業界は多岐に渡る
回答者の内訳をみると、幅広い業界から回答が得られており、「修理する権利」が業界を横断する関心の高いトピックであることが伺えます。また、回答者の所属業界を見てみると、「修理する権利」に関して取り組みが先行する欧米だけではなく、アジアからも回答も多く、一地域に留まらないトピックであることが伺えました。
「修理する権利」と関与が深い最終製品に携わる方を中心に回答が集まる
今回の調査では、回答者の約7割は最終製品に関連する方であり、「修理する権利」を行使する一般消費者との距離の近さから、強い関心をもっていることが分かります。回答者の携わる製品を見てみると、商業施設の空調といった大型設備から、電気ドライヤーのような小型製品まで幅広い製品種が確認され、製品種に寄らない取り組みであると言えます。また、部品や材料など最終製品に関わる周辺領域のエキスパートからも回答を得られており、「修理する権利」は幅広い段階の業界だけでなく、サプライチェーンを横断してプレイヤーに影響を与えていると思われます。
■ エキスパートの携わる最終製品例 |
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- 電気ドライヤーの販売・設計に従事 (電気業界、Director、イギリス)
- 自動車用照明のプロジェクトマネジャーを務めている (電気業界、Director、フランス)
- 商業施設の空調設備の設計に従事 (機械・重工業、senior、日本)
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■ エキスパートの携わる製品部品例 |
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- 家電製品のヒーター部品の製造などの設計を担当 (消費財業界、Manager、トルコ)
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■ エキスパートの携わる製品材料例 |
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- 耐久性があり、リサイクル性に優れた素材の選択をおよび材料を組みたてる工程に関わっています。(自動車業界、Senior、イギリス)
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Q1. 「修理する権利」の対象となる製品に関する業務経験を教えてください。(選択式)
Q2.Q1で選択した製品や部品、材料に関して、具体的にどのような業務を行っていますか?(記述式)
「修理する権利」の進展が製品のモジュール性の強化を促す
Q3では、約半数のエキスパートが「修理する権利」の進展に伴い、製品のモジュール性が強化されると回答しております。モジュール性の強化は、製品全体ではなく故障した部分のみの修理を可能とし、「修理する権利」の行使に好影響を与えることから、今後の製品に特に求められる要素となると思われます。
次いで多い意見は可逆的素材の使用増加となっています。製品に使用される接着剤などの部品を熱や紫外線で活性化する可逆性のある素材に変えることで、修理の簡易化を向上させることが一般的になるとの意見が多くありました。その他の意見では、修理設計の透明化・簡易化や製品部品の共有化・一般流通化が挙げられており、「修理する権利」の行使を前提として、よりユーザーフレンドリーな仕組みづくりが進展するとの意見が全体的に寄せられていました。
メーカーとしては、消費者の持つ「修理する権利」を尊重し、それに寄り添う形で仕組みを変えていくことが重要となっていくのかもしれません。
■ モジュール性の強化 |
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- メーカーに、交換可能な部品や標準化されたコネクタを使用することで、修理を容易にするなど、よりモジュール化された設計を採用するよう促すだろう。(IT/software業界、CEO、イギリス)
- 製品全体を廃棄することなく、個々の部品を交換できるようなモジュラー・コンポーネントが一般的になる。(電気業界、Director、フランス)
- 製品設計ではモジュール化がより重視されるようになり、消費者が機器全体ではなく個々の部品を交換しやすくなる可能性がある。(建築業界、Manager、アルジェリア)
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■ 可逆的素材の使用増加 |
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- 紫外線で活性化する接着剤や再利用可能なファスナーなどの新素材により、損傷することなく簡単に分解。(自動車業界、Senior、イギリス)
- 廃棄物を減らし、製品の寿命を延ばすため、熱や紫外線灯で活性化するような、簡単に分解できる接着剤やシーリング剤にメーカーが目を向ける可能性があると思われる。(消費財業界、Manager、ブラジル)
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■ 製品設計の透明化・簡易化 |
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- 設計や仕様を公開し、サードパーティが交換部品やツールを自作できるようにオープンソース化が進行する可能性がある。(医療機器業界、Professor、インド)
- 製品には、修理の手順や部品情報の部品やコネクタが共通化され、異なるブランドやモデル間でも修理が容易になる方向に進む可能性がある。(自動車業界、Senior、イギリス)
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修理サービスの独立化や修理部品が拡大すると予想
Q4では「修理する権利」の進展に伴い、既存ビジネスがどのように変化するか、またその際に生じる課題に何があるかエキスパートから意見を集めました。
「修理する権利」の進展に伴う、ビジネスモデルの変化として最も多く挙げられていたのは、メーカーによる修理のサブスク化や修理用パーツの販売といった修理ビジネスの増加とサードパーティの設立による修理サービスの独立化です。メーカーが修理の主体であるかどうかでビジネスモデルの違いは出てくることになりますが、「修理する権利」の進展に伴い修理ビジネスが新たな収入源となりうる可能性が高いことが推察されます。
また修理の一般化によって、修理をしながら1つの製品を長く使用できるようになります。よって、製品購入の際、消費者は長期間の使用を前提に、より高品質・高耐久な製品を求める傾向になると考えるエキスパートの声もありました。このような需要に対応する形で、
■ 販売メーカーにおける修理ビジネスの増加 |
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- 修理権法が発展するにつれ、修理キットの提供やサードパーティの修理サービスとの提携など、新たなビジネスモデルが登場すると予想される。(化学業界、Manager、イギリス)
- 企業は修理オプションを直接提供するか、認定修理工場と提携し、スペアパーツや工具を顧客や第三者に販売するようになるだろう。(自動車業界、Senior、イギリス)
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■ 修理の独立化 |
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- 「修理する権利」の関する法制化が進めば、部品や工具、説明書を顧客に直接、あるいはサードパーティの修理サービスを通じて提供するビジネスモデルに変わっていくと予想される。(IT/software、Senior、イタリア)
- 保証期間終了後は、純正スペアパーツを使用するという条件付きで、顧客が自社または独立系サービスプロバイダーから修理を受ける権利を得るというビジネスモデルが登場する可能性がある。(Pharmaceutical、CEO、インド)
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■ 製品の高品質化 |
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- 修理の一般化に伴い、製品はより堅牢な設計を求められる。修理のスペアパーツの販売などに伴い、製品の保証期間も伸びることとなるだろう。(重機械業界、Directorイギリス)
- 修理の一般化に伴う製品寿命の長期化に合わせ、製品の堅牢性をマーケティングポイントにすることが重要となるだろう。(消費財業界、Manager、トルコ)
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Q4.「修理する権利」に関する法律が進展するにつれて、修理関連のビジネスモデルはどのように進化すると思いますか? また、ビジネスモデルの変化によって、どのようなメリットやデメリットが予想されますか? 具体的な例を含めて、教えてください。
知的財産権や製品の安全性などメーカー・消費者の両者において課題が見受けられる
ビジネスモデルの変化に伴う課題としては、製品の透明化に伴う知的財産権の保護の問題・製品安全性の問題が多く挙げられています。
知的財産権に関しては、修理の一般化に伴い部品の共通化や製品設計の透明化がさらに求められますが、その際の知的財産権保護の方法に関しては不明瞭であり課題があるとの指摘となっています。製品の修理性を向上する一方で、知的財産権を担保する製品設計も合わせて香料していくことが、今後より必要となるかもしれません。
また製品安全性の問題に関して、販売メーカー以外での修理が増えることから、不正修理や不正部品の使用による製品安全が脅かされる可能性が指摘されています。この点に関してはメーカーによる正しい修理に関する情報や部品の提供を進めていくだけではなく、消費者側の知識やモラルなども合わせて向上していく必要があると思われます。
その他の意見に関しては、修理の一般化による製品寿命が延びることから、特に製品の回転率が重要なメーカーでは経営に影響を及ぼす可能性が指摘されています。そのようなメーカーは、製品の高品質化などより付加価値の高い製品設計に必要があるかもしれません。
■ 知的財産権の問題 |
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- 修理のために知的財産権を開示する必要が生じた場合どのように対応するかは課題の一つである。(ロボティクス、Manager、スウェーデン)
- 消費者・第三者による修理が一般化に合わせ知的財産を保護しながら製品の安全性と性能を確保することが課題となる。(電気業界、Manager、フランス)
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■ 製品安全性の問題 |
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- 修理の一般化に伴い、偽造部品流通のリスク上昇や修理品質の維持に関しては課題が生じるだろう。(自動車業界、Senior、イギリス)
- 修理に関する知見がない人が修理を実施することは大きな問題になりうる。間違った部品の購入、誤った修理の実施により、製品は故障し、保証も喪失する危険もある。(ロジ・サプライチェーン、Senior、オーストラリア)
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■ 企業負担の増加 |
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- 修理の一般化により製品寿命が延びると製品の回転率に依存する企業などは負担の増加に繋がる。(重機械業界、Senior、インド)
- 修理しやすい製品設計や、競合他社との部品共通化など「修理する権利」に合わせた変化に対応することは企業負担になりうる。(重機械業界、Senior、日本)
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<まとめ>
今回の調査を通し、「修理する権利」は最終製品に関与する業界を中心に幅広い業種・業態で関心をよせられており、メーカーにとって大きな影響を受ける取り組みであることが示唆されました。「修理する権利」の進展はメーカー側にとって、製品のモジュール性の強化や製品設計の透明化などの製造面の変化だけではなく、修理サービスの独立化などのビジネス面での変化も引き起こすことになることが予想されます。消費者の「修理する権利」を尊重しつつ、これら変化に対応して、自社の製品価値を挙げていく取り組みが今後ますます重要になると思われます。また、「修理する権利」の行使は製品の安全性担保に関しては、従来以上に消費者の責任が増すことにも繋がります。メーカーとしては、修理に関する情報を開示する、製品部品の流通などを通し、消費者が正しく「修理する権利」を行使できるように導くことも重要になるかもしれません。
日本ではまだ馴染みのない「修理する権利」の概念ですが、欧米での動きを注視して、その権利を尊重し、新たなビジネス機会ととらえて動いていくことが重要だと思われます。今回の調査を通し、今後日本でも大きなトレンドになりうる「修理する権利」に関して、世界中のエキスパートの意見から、その影響の大きさや課題などをより実感を持って把握できたのではないでしょうか。様々な業界エキスパートが所属するグローバルなOIカウンシルというコミュニティでは、このように専門的な経験を持ったエキスパート達の目から見たトレンドに対する生の声を聴くことが可能です。ご興味がありましたら、是非お気軽にご相談ください。
詳細についてのお問い合わせはこちらから: contact_ap@ninesigma.com
ナインシグマの支援事例集はこちらから:https://ninesigma.co.jp/request/
関 真太郎
事業部 シニアアソシエイト(ヘルスケア・CPG) |
- <担当プロジェクト>
・大手食品メーカーに対する新規事業領域における共同研究先の探索支援
・大手食品メーカーに対するヘルスケア領域での新規事業開発支援 など
- <略歴>
東京大学大学院にて植物ホルモンに関する研究を推進後、大手食品メーカーにて食品開発業務に従事。ナインシグマ参画後は食品・ヘルスケア領域を中心に、共同研究開発のパートナー探索やマッチングを支援
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