ナインシグマ・ホールディングス株式会社
諏訪暁彦
ここ数年、多くの日本企業において新規事業開発の本気度が高まっています。直近の5年ほどで市場環境が世界規模で激変し、既存の事業だけでは成長はおろか、事業規模の縮小すら待ったなしの状況になりました。その一方で、
・デジタル技術との融合によるモノ売りからサービス・ソリューション売りへの移行(自動車、機械、電気機器)や、次世代医療の実現(医療機器・製薬)
・カーボンニュートラル、ESG/SDGs、サーキュラーエコノミーに対応した商材開発(化学・材料、食品)。また、そのような物流・製造を可能にするソリューションの提供(機械)
・パーソナライズされた次世代ヘルスケアの実現(医療機器・製薬・食品)
といった新たな市場機会が、社会ニーズからも技術的実現性の視点からも見えてきたことが、要因としてあげられます(2022年8月にナインシグマが実施した新規事業アンケートより)。
とはいえ、多くの企業は過去20~30年、新たな事業の柱となる新規事業を育てることに失敗しています。その大きな理由の1つが、研究開発で生まれた技術を具体化し、製品・サービス化して、いくつかの製品・サービスを出していく中で事業モデルを確立して収益化していく、という従来型の事業開発モデルにあります。このモデルは、事業を確立するまでに時間がかかるうえ、自社技術・製品でできる範囲での発想にとどまるため、大きな事業になりにくい、という大きなデメリットがあります。
そのためこの数年、多くの企業が、まず自社として稼げる事業モデルを構想して、ラフなソリューション(MVP:Minimum Viable Product)を作ることから始めています。必要に応じて、補完するアセットを持つパートナーと共同で行っています。そのうえで、顧客との実証実験(PoC:Proof of Concept)を繰り返しながら、事業モデルやソリューションの精度を高めていくリーンモデルへの転換を志向しています。
ナインシグマは2022年8月、33社に対して新規事業のアンケート調査を実施しました。その調査で、リーンモデルを推進するうえでの課題について質問をしました。リーンモデルはパートナリングが前提であるため、そこで困っている企業が多いようであれば「パートナリングにビジネスチャンスがある」という思いもありました。
ところが蓋を開けてみると、パートナリングを主要な課題として挙げている企業は、全体の1割程度しかありませんでした。組織・人材の課題に次いで多くの企業が課題として挙げていたのが、ターゲットを選んで事業モデル仮説を構築するという最初のステップでした。
「競合より遅れてニーズをつかむため後追いになり、有望な市場を見つけられない」
「他社に置き換えても成立する事業アイデアばかりになっている」
「『高品質製品を大量生産すれば結果はついてくる』という従来発想からの脱却ができず、新しい事業モデルが描けない」
といった声が多く聞かれ、各社が苦労していることが伝わってきました。
また、これらを乗り越えてPoCを行っている企業からは、
「PoCを多くスタートさせたのは良いが、どれも大きな事業に成長する姿が見えないまま継続していてPoC祭り状態にある」
「多産多死は覚悟していたが、実際に止めると社員のモチベーションが心配。PoCを通じて精度を高めるといっても、PoCを始める前にもう少し精度の高い事業モデルが必要だった」
という声も頻繁に聞こえてきました。
これらの声から見えてきた、新規事業の成功のポイントは
1. 自社の強みを拡げて勝てる事業領域を見出すこと
2. 将来のニーズを捉え、儲かる事業モデルを描くこと
3. 描いた事業領域・モデルの精度をPoC実施前に高めること
の3つです。それぞれを実現する上でオープンイノベーションが非常に有効です。順に紹介していきたいと思います。
1. 自社の強みを拡げて勝てる事業領域を見出すこと
リーンモデルを志向し、これまでの自社の技術や製品をもとにした発想から脱却しようとするあまり、ニーズ収集に躍起になり「他社に置き換えても成立する事業アイデアばかりになっている」というのはよく聞く話です。製品・サービスに特徴がなくてもマーケティングで勝てる会社は、世界でも限られています。逆説的に聞こえるかもしれませんが、リーンモデルにおいても、自社の強みをどのように活かすかという発想は、どの領域の新規事業を始めるか考えるうえでは重要です。
ナインシグマは、あらゆる業種における世界中の大手企業のマネージャー層から、1~2週間で数十件のアイデアを集められるプラットフォーム「OIカウンシル」を持っています。OIカウンシルを活用して個別の技術シーズ(または商材)の新規用途のアイデアを集めるプロジェクトを、これまで1000件以上実施してきました。しかし、個別の技術をもとに用途のアイデアを集めるだけでは、特定顧客のニーズを満たす新商品にはつながっても、将来の会社を支える事業は見えてきません。
そこで、個別の技術ではなく技術群をもとに用途を探ることにします。すると、参入できる可能性のある領域は広くなり、複数の強みが活きる領域がオーバーラップする、事業化できそうな領域も見え始めます。さらに、例えば自社センサにAI技術を組み合わせたり、自社材料に計測技術を組み合わせたりするなど、外部技術と融合させることも検討の対象になります。自社技術単独の場合と比べ、自社技術の強みを活かせる事業領域をより大きく見いだせます。
2. 将来ニーズを捉える、儲かる事業モデルを描くこと
リーンモデルでも事業化までは時間がかかりますので、ある程度先の将来ニーズを捉えることが重要になります。ここでネックとなるのが、
1. 顧客は知らないものや得られそうにないものは欲しがらないこと
2. 未来のあるべき姿を客観的に描けないこと
3. 知っている他社の事業モデルを真似しても今さら役立たないこと
です。これらは、「未来社会のニーズをとらえるオープンイノベーションの活用方法」(https://ninesigma.co.jp/news/column-221129/ )で事例を交えてご説明しています。ぜひ、そちらも読んでいただきたいのですが、このコラムでも簡単にご説明します。
①に関しては、顧客自身が知らない未来のソリューションを前提としたニーズを話してくれないのは当然です。企業がこれまで実現したことを前提としてニーズを答えるので、顧客が新たに実現できそうなアイデアを示さないと、欲しいと思ってくれません。そのため、まず「自社の強みを拡げて勝てる事業領域を見出すこと」が必要です。
②に関しては、対策としてバックキャスティングという手法を取り入れる企業が増えています。10~30年後の未来のあるべき姿を描いて、その未来を実現する上で必要な機能やソリューションを描いていく手法です。しかし一番のネックは、バイアスがかかり、自分たちの今の活動を肯定する未来を描いてしまうため、新しい機会を見落としてしまうことにあります。オープンイノベーションを活用し、自分たちとは異なる視点を多く取り込むことでバイアスがかかっていることに気がつきます。オープンイノベーションを使えばより客観的な未来を描けるため、見落としていた機会に気づくことができます。
③に関しては、自分たちが参入しようとしている分野ですでに大成功を収めている少数の企業の事業モデルを分析して、事業モデルを検討する企業やコンサルティング会社があります。しかし、そうした企業が成功した時期と現在の競争環境は異なります。会社の強みだけでなく、ある程度の運もあって実現した事業モデルを今さら真似したところで、成功は見込めません。それよりも、その分野でうまく進み始めているスタートアップなどのビジネスモデルをできるだけ多く参考にして、自社が目指すべきビジネスモデルやソリューションを考える方が効果的でお勧めです。
3. 描いた事業領域・モデルの精度をPoC実施前に高めること
苦労して作った新規事業の事業モデルであっても、当然ながら、最初は仮説にすぎません。この仮説の精度を高めるうえで、パートナーやアーリーアダプターの顧客を見つけて実証実験を行うのがPoC(Proof of Concept)です。しかし、新規事業アンケートのコメントにもあったように、ある程度精度の高い事業モデルをPoC前の段階で描けていないと、成長が見込めないPoCを延々と続けることになりかねません。そして、顧客とのPoC前に事業モデルの精度を高めるのは、容易ではありません。
そこで有効なのが、オープンイノベーションの二段階活用です。PoCに参画してくれる顧客は、リスクを取ってでもシェアを高めたい業界の中位以下の企業であることが多いでしょう。業界トップ企業の意思決定者に、まだ実証されていない事業モデルを提案しても「十分に実証されてから持ってきてくれ」と答えられがちです。大きな投資に責任が伴うため、リターンの確度を求められるのです。しかし、彼らを「Yes」と言わせられないと、事業としての広がりは限定的です。
そこで活用するのが、「OIカウンシル」のようなオープンイノベーションのコミュニティーのメンバーです。こうしたメンバーは、顧客企業の意思決定者に近い立場にいるので、想定するターゲット顧客と同じような視点で事業モデルに対してフィードバックできる能力があります。その一方、現実の意思決定に対して責任がなく、オープンイノベーションのコミュニティーに参加している時点で新たな技術や事業モデルの情報に期待しているので、荒削りで未実証の事業モデルであっても喜んでフィードバックをしてくれます。
二段階活用の一段階目は、彼らのフィードバックをもとに、事業モデルをブラッシュアップすることです。最初は厳しい評価でも、改善していくうちに「その条件で本当にこのパフォーマンスを上げられるのであれば、ぜひ使いたい」と良いコメントをもらえるようになります。そうなったらしめたもので、二段階目の活用に移ります。
二段階目では、彼らのコメントを社名とセットで引用したうえで、ターゲット顧客に「貴社と同業のA社、B社は、うちのソリューションをぜひ使いたいと言ってくれている。ぜひ、貴社にも紹介させてくれないか?」と切り出します。企業の意思決定者にとっては「同業他社が評価しているソリューションを知らないと不利になりかねない」という心理が働くため、事業モデルだけを持っていくより、はるかに高い確率で会ってもらえるようになるのです。
二段階活用にはもう1つ大きなメリットがあります。皆さんにとっては新しい事業モデルでも、顧客にとっては今使っている何らかのソリューションの代替として捉えますので、厳しい質問をしてきます。最初の顧客面談でこのチャレンジを乗り越えられないと「もっと勉強してこい」と言われるだけならまだしも、「もう来なくてよい」と言われてしまうリスクもあります。しかし、二段階活用の場合、一段階目のオープンイノベーションのコミュニティーが想定顧客となるため、面談で聞かれる想定問答集をつくり上げることができます。すなわち、顧客との初回面談から相手を納得させ、懐に入り込むことができるのです。
まとめ
新規事業におけるオープンイノベーションの活用法は、自社の描いた事業モデルを実現する上でスキルやアセットを補完するパートナーを見出す部分、と狭く考えられがちです。しかし、新規事業開発の難しさでもあり、成功のポイントでもある
1.自社の強みを拡げて勝てる事業領域を見出すこと
2.将来ニーズを捉え、儲かる事業モデルを描くこと
3.描いた事業領域・モデルの精度をPoC実施前に高めること
においても、このコラムでご紹介させていただいた通り、とても効果的です。ぜひ、活用してみてください。
もちろん、パートナーを探したい場合も、「NineSights」という独自のグローバルな技術マッチングプラットフォームがありますので、お声がけいただけると幸いです。