ナインシグマ・グループ
顧問 渥美 栄司
前回は、”いのち”に関する社会課題に対する非営利団体の取り組みとして、ロックフェラー財団とビル&メリンダ・ゲイツ財団の支援に基づく「インターナショナル・エイズ・ワクチン・イニシアティブ(以下、IAVI)」を取り上げました。
次の事例は、アメリカのオハイオ州が旗振り役となって、「オピオイド鎮痛剤の乱用」という社会課題の解決に向けて実施しているオープンイノベーションについて行政による取り組みを紹介します。
抜本解決だけでなく、課題緩和も視野に。
オピオイドは、慢性痛などに使用される鎮痛剤です。開発当初、「副作用はない」と謳われていましたが、利用件数の増加とともに、副作用が明るみに出ました。この鎮痛剤、アメリカでは医師が出す処方箋がないと入手できませんが、本来の使い方を守らない利用者が薬物依存に陥っています。そのため、ここ数年、オピオイドの過剰摂取による死亡者数が急増しています。米疾病対策センター(CDC)によれば、オピオイド系鎮痛剤を使った薬物乱用による死亡者数は、1999年から2015年にかけて2.5倍以上に膨らんだとされています。これを受けてトランプ大統領は、公衆衛生の非常事態を宣言。対策強化を訴えています。「オピオイド鎮痛剤の乱用」は、アメリカで深刻な社会問題となっているのです。
なかでもオハイオ州は、オピオイド系鎮痛剤の薬物乱用による死亡率が高く、依存者数も増加傾向にありました。この問題は、人命を蝕むだけでなく、治療費の増加、中毒者の子どもの養護費の増加、さらには軍事金の増加といった税制負担に直結していました。そこでオハイオ州は、「オピオイド中毒対策のためのオープンイノベーション」を実施することにしたのです。
2017年、ナインシグマは、アメリカのオハイオ州とともに「グランドチャレンジ」と呼ばれるオープンイノベーションを開始しました。オピオイド問題を抜本的に解決するためには、新薬を開発する方法がありますが、莫大な費用と時間がかかります。そこで我々は、解決策を「創薬」に限らず、「予防」、「防止」、「軽減」と4つに広げることにしました。現実すでに起きてしまっている問題を緩和させる処置を見つけることが肝要だと考えたのです。
グランドチャレンジは、2つのフェーズに分けて行われました。
1つめは、「アイデアフェーズ」です。オピオイド中毒対策にまつわるアイデアを、科学者や研究者といった専門家に限らず、一般の方も含め、幅広く求めました。一般の方々に対する注意喚起を促し、オピオイド問題の深刻性を認知させることができました。
アイデア募集の開催時期と、トランプ大統領の非常事態宣言が運良く重なり、社会課題としてのニュース性が高まったことから、数百人規模の提案を獲得することができました。アイデアの多くは、スマートフォンのアプリケーション、AR、センシングを応用したニューロフィードバックなど、デジタルテクノロジーを用いた実現可能なものばかりでした。ヘルスケアやメディカルデバイスに関連する提案もみられました。
2つめは、「チャレンジフェーズ」です。これは、アイデアベースではなく、実際に対策を実行するソリューターを募集しました。「依存リスクの早期診断」、「中毒者の緩和サポート」、「過剰摂取の阻止」、「救急隊員・医療従事者の保護」という4つのトピックを立てて、それぞれ計4回、ソリューション募集を実施しました。
「アイデアフェーズ」と「チャレンジフェーズ」は、現行中のプロジェクトです。進捗や結果に関しては、追って弊社のオープンイノベーション コミュニティ プラットフォームNineSightsにて報告していきます。
※2019年7月現在、アイディアフェーズ、チャレンジフェーズが完了し、プロダクトフェーズに移行しています。
第二フェーズの受賞者として、以下の12組織が受賞しました。詳細はこちらよりご覧いただけます。
Apportis LLC (Dublin, Ohio)、Brave Technology Coop (Vancouver, Canada)、DynamiCare Health (Boston, Massachusetts)、Innovative Health Solutions (Versailles, Indiana)、InteraSolutions (Orem, Utah)、OpiSafe.com (Denver, Colorado)、Prapela, Inc. (Concord, Massachusetts)、relink.org (Aurora, Ohio)、The University of Akron (Akron, Ohio)、University Hospitals (Cleveland, Ohio)、University of Wisconsin-Madison (Madison, Wisconsin)、Vuronyx Technologies (Woburn, Massachusetts)
次回は”いのち”を守る分野におけるオープンイノベーションの進め方をご紹介します。