ナインシグマ・グループ
顧問 渥美 栄司
前回、製薬業界を取り巻く環境が厳しくなったこと等の理由から、製薬業界でのオープンイノベーションは一気に加速したお話をしました。
製薬業界でのオープンイノベーションが加速したものの、治療法が見つかっていないアンメット・メディカル・ニーズはまだまだ残っており、その中には製薬企業のみでは解決できない課題も多く存在します。解決の糸口が見えない、時間がかかりすぎる、投資回収の見込みが立たないなど、単一企業での取り組みが難しい理由はさまざまですが、企業の社会的責任だけで取り組むにはテーマが大きすぎるという障壁も考えられます。
巨大な社会課題に挑むためには、博愛主義者や篤志家などの支援のもとで活動している非営利団体や行政に予算と旗振り役を委ね、そのもとに企業やアカデミア、市民が集結する体制を整えるべきでしょう。
その事例として今週は、ナインシグマでお手伝いしました、ロックフェラー財団とビル&メリンダ・ゲイツ財団の支援に基づく「インターナショナル・エイズ・ワクチン・イニシアティブ(以下、IAVI)」に関してご紹介します。
解決できなかったメディカルニーズに、挑むためのツールとして。
IAVIは、1996年、ロックフェラー財団によって設立された非営利団体であり、プライベートとパブリック共同での製品開発組合です。ロックフェラー財団がIAVIを設立した背景には、世界中で毎日7500名もの人がHIVに感染している状況にありながら、製薬企業がAIDSワクチンの開発に及び腰であったことが挙げられます。また、感染者が多数存在する発展途上国でも導入できる低コストのワクチン作りに、製薬企業や科学者の目が向いていないことに憂いを持ったともいわれています。
IAVIは、研究コンソーシアムを複数立ち上げ、世界中のHIV研究者に、AIDSワクチンの開発に利用できる知見やデータを提供しています。世界中の研究所とのネットワークを有しており、「前臨床段階での開発」、「臨床段階での試験」、「AIDSワクチンの提唱」などに尽力しています。HIV研究にまつわる世界中の情報が、IAVIに集結されているといっても過言ではありません。
IAVIは、設立以来、AIDSワクチンの開発に挑み続けてきました。そして、ついに、「HIVウィルスの表面に発生するタンパク質を中和できる、自然に発生する抗体」を発見するに至りました。これは世界的な大発見といえます。しかしながら、この抗体は脆弱かつ不安定で、その状態を保つことができず、ワクチンへの適用は困難だったのです。IAVI は、これまで築き上げてきた研究所のネットワークを介して、解決策の提案を呼びかけました。しかし、価値ある解決策を見出すには至らなかったといいます。
そこで、2010年10月、IAVI はナインシグマとともに、オープンイノベーションを用いて、あらためて解決策の探索に乗り出したのです。技術探索を実施する上で、私たちが熟慮したのは、「課題を再定義すること」でした。IAVIは、AIDSやワクチン関連の研究者に幅広くあたってきた自負がありました。しかし、同分野の研究者は、AIDSワクチン創作の難を知り尽くしているため、発想に制限がかかっているのではないかと考えたのです。
ナインシグマは、本プロジェクトの課題を「AIDSワクチンの安定化」ではなく、「タンパク質を安定化させるエンジニアリング」と再定義しました。そして、専門領域の枠を取り払い、世界中のタンパク質関連の研究者に、解決策を呼び掛けることにしました。HIV、AIDS、ワクチン領域に関する知見は、一切問いませんでした。
技術探索の結果、世界14カ国の科学者より34件の提案を獲得しました。うち二人の科学者に予算をつけて、共同開発プロジェクトへと進みました。一人は、オランダのAcademic Medical Center, Medical MicrobiologyのSanders博士、もう一人は、ドイツのUniversity of Regensburg, Institute of Medical Microbiology and HygieneのWanger博士です。二人とも挑戦の機会を得たことを喜ぶと同時に、解決に自信を見せています。なお、上記募集の結果、オランダ、ドイツの博士との協業にとどまらず、追加で、スペインの研究者、イギリスの研究者との協業プロジェクトも始動しています。一つの課題に対して、合計4つの研究が進行しているのです。
新しい知見を探索するために、異分野の英知を取り込みましょう。解決に向けてのハードルは高く、道のりは決して短くありません。しかし、ありとあらゆる手を尽くし、挑戦し続けることで、いつの日か、解決策が実現されることを願ってやみません。
なお、IVAIは、寄付で成り立っている非営利団体です。そのため、我々ナインシグマも、ナインシグマ・ギブバックプロジェクトと銘打って、募集プロジェクトの費用を寄付しました。皆で力を合わせて初めて、世界的な難題解決が前進するのです。
※2018年、ナインシグマでは私企業の公募案件として「HIV根治のための創薬パートナー募集」を実施しました
来週は、”いのち”に関わる社会課題にたいする行政の取り組みとして、ナインシグマが支援したアメリカ オハイオ州による「オピオイド鎮静剤の乱用」に対するオープンイノベーションの事例を紹介します。