Phillips元最高技術責任者(CTO)のHidalgo氏の講演とディスカッションを紹介してきましたが、Vol. 2では新たに進出する事業領域のテーマの策定と具体的なアイデアの創出の工程について講演をいただきました。そして今回、Phillipsの最終回Vol. 3では、講演とディスカッションの後半部分を紹介します。重要な社内での事業アイデアの検証フェーズとして「パイロット」以降のプロセスについてお話しいただいた内容をレポートします。
チームメンバーをまとめるテクニック
<参加者C(エレクトロニクスメーカー役員)からの質問>
オープンイノベーションの活動を通じて、「新製品の差別化要因の50%を外部から導入する」ことを進められたということですが、チームメンバーはどのようにしてモチベーションを高めたのでしょうか?
<Hidalgo氏>
チームメンバーを効果的に巻き込むために、私自身の目標や評価指標もチームメンバーと同じように「もし私をクビにしたければ、私の言ったことを頑張らなければいい」と伝えました。
例えば技術スカウトの場合、専任者には年1件の技術獲得の目標を設定し、その上司である研究所長には年5件、全体を統括する私自身は年30件といった形にするのです。こうした取り組みによって「私も同じ船に乗っており、リスクを背負っている」ことをチームのメンバーに理解してもらうことが重要でした。
責任者である私自身がコミットメントを見せると、チームメンバーの団結力も高くなり、積極的な活動が実践されるようになります。逆に、リーダーが自分自身にそのような目標を課さないと、オープンイノベーションのような新しい活動に対してメンバーの積極的な協力を得ることはできません。
社内でアイデアを検証するときに重要なこと
<Hidalgo氏>
新製品のアイデアが固まったら「④パイロット」を実施し、変化を全社的にもたらす「⑤社内展開」~「⑥仕組み化」というプロセスを進めます。この一連のプロセスで特に重視すべき工程は「④パイロット」です。ここで「早期の成功事例創出」「スケーリングモデル」「評価方法に対する社内スポンサーの合意」という3つのポイントをおさえることが重要です。以下、順に説明します。
まず「早期の成功事例創出」は、社内でオープンイノベーションを活用した事業創出・事業変革に対する取り組みを認めてもらうために最も効果的です。そのためには、むやみやたらに難しいチャレンジングなアイデアを選ぶのではなく、勝ち目のあるアイデアを選んでパイロットを進めることがポイントです。小さな成功が新たな成功へつながり、次の取り組みの失敗の確率を下げ、利益をもたらす好循環を生みます。
次に「スケーリングモデル」です。たとえ初期的な成功を創出できても、そのインパクトがあまりに小さいようであれば社内で承認を得ることはできません。したがって、意義のあるパイロットを選ぶ必要があります。
例えば、もともと特定地域のみで展開することを想定した事業でパイロットがうまくいったからといって、事業をグローバルに拡張することは困難です。グローバルな展開を望むなら、グローバルなマーケットでチャネルを持つ自社の弱みを補完する企業とパイロットを行うべきです。どれくらいのスケールで事業展開したいのか、パイロットを行う製品の設計段階から検討しておく必要があります。
最後に「評価方法に対する社内スポンサーの合意」です。日本ではパイロット段階から売上や利益目標の期待値が高いと聞きます。しかし、Philipsで行うパイロットの場合、1年目はユーザーの獲得と新製品に対する市場の反応を観察することに焦点を当てます。売上や利益の目標は立てません。
初年度のパイロットで優れた反応が得られたら、その後の2年でビジネスモデルを検討し、どのように商品を売り出すかを考えます。その段階になって初めて、売上や利益目標で成果を測ります。
パイロットで初年度から売上・利益目標を達成するのは容易ではありません。そのため、最初から社内スポンサーに、このような3年間の目標指標の設定を理解してもらうことが重要です。
パイロット化を進めるアイデアの選定と期間
<参加者D(自動車部品メーカー幹部)からの質問>
新製品アイデアからパイロットを行うためには、アイデアを選定するプロセスが重要になると思います。どのような基準でパイロットにするアイデアを選んでいるのでしょうか?
<Hidalgo氏>
「自社の事業戦略やロードマップに適合しているか」「その製品・事業をやることで自社の能力を拡張できるか」「社内の利害関係者のサポートを得られるか」といった大別して3つのポイントを重視しています。特に第1の「事業戦略やロードマップへの適合性」という基準から、しっかりアイデアを絞り込むことが成功率を高めるためには重要です。
<参加者E(国内大学のイノベーションの研究者)からの質問>
そもそも、パイロットはなぜ3年で回すのでしょうか?
<Hidalgo氏>
3年以上のプロジェクトを実施しようとしても、経営幹部が変わってしまっている可能性があります。経営幹部が代わってしまうと、ゼロからのスタートとなってしまうためです。
<参加者E(国内大学のイノベーション研究者)からの質問>
できる範囲のパイロットを行う、ということですか?
<Hidalgo氏>
その通りです。3年は短い期間ですが、何か新しい取り組みを実施するという点では十分です。このようにスピーディに効果を検証し、判断していくことが新事業では特に重要になると考えています。
本日の講演では、私がPhilipsでどのように戦略と目標を立て、検証と実行を迅速に進めていくかを紹介しました。日本の会社は、一度決断すれば実行は早いのですが、決断するまでがとても遅いと感じています。どの方向に進むべきかという判断で立ち止まり、多くの時間を費やしてしまうのではなく、組織を巻き込み戦略を動かしながら、新事業の取り組みをドライブしてほしいと考えています。
以上が、フォーラムにおけるPhilips、Antonio Hidalgo氏の講演とディスカッションの内容です。
新事業を創出する一連のプログラムの内容にも数多くの参考になるポイントがありましたが、Hidalgo氏がチームメンバーをまとめるために実践したトップのコミットメントを強く打ち出す「評価指標の設定」など、一般的なプロジェクトマネジメントにも役立つノウハウが随所に散りばめられていることが印象的でした。
3週にわたってPhilips、Hidalgo氏の講演内容を紹介してきました。次回からはKraft Foodsの北米食品部門だったモンデリーズ・インターナショナルにおけるオープンイノベーション活動について、のシニアヴァイスプレジデントTodd Abraham氏の講演内容をご紹介します。