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製造業の研究開発を成功に導くには ~研究開発の現状と今後~

AIなど技術の進化が日進月歩で進む現代において、研究開発は単なるコストではなく、企業の競争力と持続的成長を支える“戦略的資産”となっています。とりわけ製造業における研究開発は、日本経済を牽引する源泉であり、未来を切り拓く鍵を握っています。しかし現実には、巨額の投資にもかかわらず思うように成果が上がらない、あるいは人材や組織の壁に直面するなど、多くの企業が課題を抱えています。今、問われているのは“研究したか”ではなく、“社会に価値を生み出せたか”。

本コラムでは、日本の研究開発の現状と課題を多角的に分析し、イノベーションを成功に導くために企業が今できること、そしてこれからの製造業が進むべき道筋を考察します。

目次:
 1. 研究開発の現状
 2. 企業における研究開発の役割
 3. 研究開発とイノベーションの関係
 4. イノベーションの事例
 5. 研究開発に関わる人材や資金
 6. 研究開発の今後の課題
 7. 研究開発を成功させるために

1. 研究開発の現状

研究開発は、企業が持続的な成長や競争力強化を目指す上で日本の産業にとって欠かせない活動です。その目的は、新たな知識や技術の創出から製品やサービスの改良による利益の最大化まで多岐にわたります。そのような国の研究開発活動を牽引しているのが日本の製造業です。2020年度の企業の研究費総額は約13.9兆円にのぼり、そのうち約9割(12兆4566億円)を製造業が占めています。*1(表1-3-6主要国における企業部門の産業分類別研究開発費, NISTEP 科学技術指標2022) 自動車など輸送用機械器具製造業が約4.2兆円(製造業全体の34.0%)、次いで医薬品製造業が約1.3兆円(同11%)と、特に大きな研究費を投入しています*2(同上)。 また、製造業全体の売上高に対する研究開発費比率は平均4.4%に達し、全産業平均の3.4%を上回ることから、製造業は極めて研究開発志向の強い業種と言えます。

さらに、日本全体としても研究開発への投資規模は世界有数であり、主要国中で米国・中国に次ぐ第3位となっています。文部科学省の統計によれば、日本の総研究開発費は近年増加傾向にあり、2022年度には過去最高の約20.7兆円に達して国内総生産(GDP)の3.65%を占めました。また、国内の企業部門の研究者は約51.5万人と米中に次ぐ規模を維持しています。*3(表2-2-4主要国における企業部門の研究者数の推移, NISTEP 科学技術指標2022) このようなデータから、研究開発には日本の製造業を中心に多大な人的・資金的リソースが投入されている現状が読み取れます。

引用文献よりナインシグマにて作成

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2. 企業における研究開発の役割

企業における研究開発は、新製品の創出や既存製品の改善を通じて市場競争力を強化する核となる役割です。特に製造業では、研究開発によって革新的な製品や新技術を生み出し、効率的な生産プロセスの構築を実現することで、企業全体の収益性やブランド価値の向上に直結しています。産業全体を見渡しても、研究開発への継続的な投資は、市場の変化や競合他社との差別化に不可欠であり、企業が持続的に成長するための基盤となっています。

実際、研究開発投資が盛んな企業ほど新製品の市場投入スピードが速まり、結果として市場での優位性を確立しやすくなります。また、研究開発は知的財産の創出にも直結し、日本企業は国際特許出願件数で世界一の地位を占めるなど、グローバルにも技術力をアピールしています。このように、企業にとって研究開発は単なる経費ではなく将来への戦略的投資であり、長期的な成長の源泉です。さらに製造業では、研究開発によるイノベーションが自社だけでなく産業全体の発展を支える側面もあります。例えば自動車、電機、素材といった基幹産業では、自社の研究成果が関連サプライチェーン全体の技術水準向上につながり、日本の産業競争力を底上げします。こうした連鎖効果も含め、企業内の研究開発部門には新たな価値創造の原動力としての役割が期待されています。

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3. 研究開発とイノベーションの関係

イノベーションと研究開発は切り離せない関係性を持っています。研究開発はイノベーションを生み出す源泉であり、新しいアイデアや技術が実用化される過程を支えます。しかしながら、研究開発のアイデアを投入すれば自動的にイノベーションが生まれるわけではありません。近年の分析では、日本の製造業は米国に比べてイノベーション創出の効率が低いとの指摘があります。例えば、日本企業は研究開発費の対GDP比では主要国上位に位置するものの、新製品や新事業の創出数では伸び悩む傾向が見られます。実際、2017~2019年の3年間に自社でイノベーション活動(新製品開発や業務プロセス改善等)に取り組んだ企業は約49%でしたが、実際にイノベーションを成果として実現できた企業は27%にとどまりました。つまり約半数の企業は試みても成果に結び付かなかったと言えます。 *4(全国イノベーション調査 2020 年調査統計報告,文部科学省

このように“研究開発投資の量”と“イノベーション創出の質”との間にはギャップが存在し、研究開発の成果を事業につなげるマネジメントが課題となっています。イノベーションを生み出すには、研究段階から市場ニーズや実用化シナリオを視野に入れ、経営戦略と一体化した取組みにすることが重要です。とりわけ製造業の分野では、優れた技術シーズ(種)があっても量産化・商品化までのハードルが高く、社内の壁を越えた連携や長期的視野に立った開発が不可欠です。AI使った事業化の可能性の探索有識者へのヒアリングなどを行い、研究開発と事業部門が早い段階から協働し、市場のフィードバックを得て改良を重ねていくことで、初めて研究開発投資が革新的な製品・サービスという形で実を結ぶと考えています。

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4. イノベーションの事例

製造業における研究開発の成果は多くの革新的事例として現れています。ここでは、日本企業の具体的なイノベーション成功例を二つ紹介します。*5(日本におけるイノベーション創出の現状と未来への提言 オープンイノベーション白書第三版)

・東京エレクトロン:

半導体製造装置の分野で世界トップクラスのシェアを誇る大手企業です。創業から50年以上の歴史の中で、最先端の技術開発に挑戦し続け、半導体メーカーとの密接な連携を通じて新しい半導体デバイスの発明など数多くのイノベーション創出に寄与してきました。変化の激しい半導体業界において、同社は研究開発を通じて業界全体の発展を下支えし、自社の競争力強化にも成功しています。

太平洋精工:

自動車用ヒューズでグローバルに高い市場シェアを占める中堅企業です。競合の少ないニッチ領域に特化しつつも、常に外部環境の変化に対する強い危機感を持ち、最新技術や市場動向の徹底した情報収集を行っています。そのうえで風通しの良い企業風土と迅速な意思決定によって環境変化に機敏に対応し、新製品開発に結び付けていることが継続的な成長の要因となっています。こうした社内文化と経営判断の速さが研究開発の成果を素早く事業化し、イノベーションを持続させる原動力となっています。*6(太平洋精工株式会社

これらの事例は、大企業であれ中堅企業であれ、明確な方向性の下で研究開発に取り組み、組織の体制や文化を整えることがイノベーション成功のカギであることを示しています。

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5. 研究開発に関わる人材や資金

日本の研究開発力を支える人材層は厚みがありますが、量・質ともに課題も見えています。企業部門の研究者数は約51.5万人にのぼり世界第三位ですが、その多くは大企業に集中しています。一方で、中小企業では高度な研究人材の不足が深刻で、全国調査によれば多くの企業が「自社内の能力ある人材の不足」をイノベーションの阻害要因に挙げているのが現状です。実際、大学院修了など高度な専門知識を持つ人材を1人以上雇用している企業は全体の17%に過ぎず、人材面での底上げが課題となっています。また、研究人材の将来像にも懸念があります。日本では博士号取得者数が2006年をピークに減少傾向にあり、2019年度には15,128人と減少しました。若手研究者の減少や高齢化は、中長期的に産業界の技術力低下につながりかねません。また、研究者は、高度な専門知識や技術力に加え、社会や産業の発展に貢献するための独自性あるアイデアや技術を生み出す*7 役割を担います。若手からベテランまで、さまざまなバックグラウンドを持つ人材が集うことで、柔軟かつ創造的な研究開発環境の形成が必要です。このような取り組みを推進できるような人材育成を産学官挙げて進めていくことが求められています。

また、研究開発の資金面では、日本企業は引き続き巨額の投資を行っており、政府もそれを後押しする政策を展開しています。近年は企業の研究費総額が拡大を続け、コロナ禍を経ても2021年度以降増加に転じています。オープンイノベーション型の支援例として、カーボンニュートラル実現に向けた大型支援策があります。経済産業省とNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が総額2兆円規模のグリーンイノベーション基金を創設し、2050年の脱炭素目標に向けて、企業の研究開発から実証・社会実装までを最長10年にわたり支援する野心的なプログラムです*8(NEDO グリーンイノベーション基金)。このように官民一体で人材育成・資金支援の両面から研究開発基盤を強化する動きが進んでいます。

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6. 研究開発の今後の課題

製造業における研究開発は明るい展望がある一方、いくつかの課題に直面しています。まずグローバル競争の激化です。世界では米国や中国が研究開発費を年々増大させ、新興国も技術力を高めています。その中で日本は投資総額こそ依然トップクラスなものの伸び悩みが指摘され、研究開発投資に対する成果の効率改善が課題となっています。例えば科学技術論文の分野では日本の論文数シェアが相対的に低下し、被引用数で上位10%に入る注目論文数の世界順位が近年12位まで後退するなど、高インパクトな研究成果の減少が懸念されています。また特許出願件数では依然世界一位を維持しているものの、そのシェアは過去に比べ低下傾向にあります。こうした兆候は、日本のイノベーション力が他国に追い上げられていることを示唆しており、今後さらなる立て直しが必要です。

引用文献よりナインシグマにて作成

人材とオープンイノベーションの不足も大きな課題です。前述の通り企業内部の研究人材不足が指摘される中、グローバルな視点で見ても日本の人材流動性や国際連携は十分とは言えません。例えば研究開発における国際共同の取り組み割合は日本では約3%とされ、英国(9%)やドイツ(7%)など主要国に比べて著しく低い水準に留まっています。産学官の連携についても、企業と大学の協働が限定的であることがイノベーション調査から浮き彫りになっています。このままでは国内で生まれた技術シーズを十分に活かしきれず、国際的な技術標準の策定などでも主導権を握れない恐れがあります。

さらに、新分野への対応と研究開発効率の向上も求められています。AIやデジタルトランスフォーメーション(DX)、バイオテクノロジー、量子技術といった新興分野では各国がしのぎを削っており、日本も重点投資を始めています。限られた人的・財政的リソースの中でこれら新分野を開拓しつつ、従来型産業のイノベーション停滞を打破するには、研究開発の質を高め効率的に資源を活用する工夫が不可欠です。具体的には、重複する研究テーマの排除や産官学の情報共有、標準化戦略の活用、研究管理の簡素化などによって限られた資源で成果を最大化する取り組みが求められています。また、企業文化として失敗を恐れず挑戦する風土を醸成し、長期視野で基礎研究から応用まで粘り強く取り組む姿勢も重要でしょう。

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7. 研究開発を成功させるために

製造業の企業が研究開発を成功させ、持続的なイノベーションを生み出すためには、以下のようなポイントが重要です。

1.  経営戦略と研究開発の一体化:
技術偏重の「技術至上主義」や社内リソースだけに頼る「自前主義」から脱却し、研究開発を事業戦略と直結させることが必要です。研究段階から市場ニーズやビジネスモデルを見据え、研究テーマの選定や目標設定を行うことで、開発成果を確実に事業価値につなげられます。また短期的な成果だけでなく、中長期的な視点で研究ポートフォリオを組み、将来の柱となる技術を育てるバランス感覚も重要です。
2. オープンイノベーションの推進:
社内にない知見や技術を積極的に外部に求める姿勢が求められます。大学や研究機関との共同研究、スタートアップ企業への出資・提携、異業種とのコラボレーションなど、社外との連携によって新たなアイデアや技術を取り込むことがイノベーション加速のカギです。自社だけでは対応しきれない課題も、オープンネットワーク研究開発に特化したAIを活用することで解決の糸口がつかめます。
3. 人材育成とチーム力の強化:
優秀な研究者・技術者の確保と育成は、イノベーションの源泉です。企業は専門人材の採用だけでなく、現有人材のスキル向上や異分野知識の習得を支援し、「学習する組織」を作る必要があります。特にデジタル技術や新素材など新領域の知見を持つ若手人材を育てることが重要であり、社内研修や大学との人材交流、博士号取得の支援など長期的視点の投資が求められます。また多様なバックグラウンド(例:女性研究者や外国人材)の活躍促進も、新しい発想を生む土壌となります。さらに、部門横断的なチームワークとコミュニケーションを促進し、研究者が孤立せず互いに刺激し合う環境を整えることも大切です。
4. 俊敏で開かれた企業文化:
イノベーションを生む企業文化づくりも成功には重要です。風通しの良い組織風土迅速な意思決定は、新しいアイデアを試し失敗から学ぶサイクルを早めます。現場の声が経営層に届きやすく、トライアルを歓迎する文化がある企業ほど、研究者は創造性を発揮できます。
5. 政府支援策の活用と産官学連携:
国の研究助成制度や税優遇策を積極的に活用し、自社の研究開発力を底上げすることも重要です。また産学連携による共同研究や、人材交流を促進する政府プログラム等も有効に使い、社外の知見や設備を取り込んで効率的に研究を進めることが望まれます。

以上のような取り組みを総合的に進めることで、研究開発を真のイノベーション成功へと導く土台が築かれると考えています。もっとも、これらのポイントは少なくとも10年以上前から提唱されてきた“王道”であり、言われていることと実際に出来ていることの間には依然として大きなギャップがあります。例えば、

ポイント 現実に起こりがちな問題例
1. 経営とR&Dの一体化 技術部門が “何を作るか” ばかりを議論し、市場部門とは年1回の調整会議でしか接点がない。
2. オープンイノベーション推進 スタートアップ連携よりも発注取引の延長で終わり、真にリスク・利益をシェアする共同開発には踏み込めていない。
3. 人材育成とチーム力 若手が博士進学を希望しても現場要員が足りず留学・学位取得を支援できない。多様性確保も数値目標だけが先行。
4. 俊敏で開かれた企業文化 “イノベーション拠点”と銘打ったショールーム型施設は立派だが、運営人員はローテーション配置で腰が落ち着かず、結果としてアイデアが生まれにくい。
5. 政策・補助金活用 申請書作成や実績報告の負荷が大きく、肝心の研究に割く時間が削られる。補助事業終了後の自走プランが不十分。

こうした“かたちは整ったが中身が伴わない”状態に陥ると、むしろ組織のアジリティを損ない、研究開発現場に疲弊感だけが残る危険性があります。したがって企業は「とりあえずすべきと言われていることを実施すること」よりも、自社の戦略価値につながる深度と実効性を常に点検し、サイクルを回しながら粘り強く取り組む必要があります。弊社でも、特に1,2,4についてはこれまで多くの企業様に伴走支援をさせていただいておりますが、自社単独で自社自身を変えていくというのは難しいという印象を持っております。現状、日本の製造業は莫大なリソースを研究開発に投入し、高い技術力を維持していますが、グローバル競争や人材・組織の課題にも直面しています。さらにこれからの時代、デジタル化や脱炭素化といった大きな変革に対応しつつ研究開発で成果を上げていくことが求められています。長年培った技術蓄積と豊富な人材基盤という強みを活かしながら、オープンイノベーションへの投資を通じて弱点を補い、研究開発の質を高めていかねばなりません。これらを実践できる企業こそが、激変する製造業界において次の勝者となります。研究開発を真にイノベーションにつなげる取り組みにご関心がありましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。

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      緒方 清仁

事業部 本部長

・最終学歴
 筑波大学大学院 人間総合科学研究科 フロンティア医科学専攻
・前職
 食品メーカーの基礎研究部門で5年間、腸内細菌の解析手法の研究開発、ならびに開発手法を用いた国内外の研究機関との共同研究に従事していました。