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オープンイノベーション実践者との対談(第2回)
積水化学工業株式会社
取締役常務執行役員/R&Dセンター所長
上ノ山 智史

第2回のゲストに登場していただいたのは、積水化学工業株式会社の取締役常務執行役員でR&Dセンター所長の上ノ山 智史氏。
住宅、環境・ライフライン、高機能プラスチックスなど多岐に渡る事業の今後の方向性、そして技術者のマネジメントについて───その本質に迫りました。

転換期を迎え見えてきた───3つの課題

諏訪本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。上ノ山さんがどのような考えのもとでR&Dを運営しているのか、ざっくばらんにお話しできればと考えております。

上ノ山積水化学工業の事業は、「住宅」と「インフラ事業の環境・ライフライン」、そして「成型加工技術をベースとした高機能プラスチックス」の3つのカンパニーから構成されています。

諏訪消費者向けのBtoC事業から企業向けのBtoBの事業まで、お客様はかなり幅広いですね。

上ノ山顧客が広範囲に渡るためシナジーが出にくいという点もありますが、それ以上に、住宅事業は人口減少に伴って市場が縮小していきますし、インフラ事業は、公共投資が今後とも増えていきにくい状況にあります。さらに、プラスチック事業においては、現在自動車の合わせガラスに使用する中間膜や、コレステロール検査薬・検査機器など事業としてしっかり進められてはいますが、今後大幅な需要増を見込めるかというとちょっと疑問です。そう考えますと、コーポレートR&Dの立場としては、次世代の積水化学を支えていく「新しい事業のネタ」をなんとか仕込めないかなと考えたくなるのです。

諏訪次の積水化学を支える大きな柱となる技術ですね。

上ノ山簡単では無いというか、とても難しいことですが、色々工夫できないものかとは思っています。R&Dのマネジメントについても根本的に見直す必要を感じています。

諏訪それはどういう理由からでしょうか?

上ノ山R&Dを取り巻く環境が昔と今では当然ながら全く異なっています。例えば積水化学の歴史を30年ずつ分けて考えた時、1950年から70年代と、1980年から2010年では、あまりにも置かれている状況が異なります。例えば、プラスチックの成型加工を例に挙げると、1950年から70年代までは技術もニーズも大きく伸びた時代で、研究開発はやれば成果を出すことができたといえます。しかしその後30年間は、成果を上げにくい時代になっているにもかかわらず、それまで成果を上げていたので、もう少し待てば実績を上げられるんじゃないかという期待と楽観的な感覚で、マネジメントの工夫もなく同じように研究開発を継続してしまっているのです。

諏訪過去の成功を引きずってしまっているというわけですか。

上ノ山そう。しかし現実には、今の積水化学の商材のほとんどは、1980年までに開発されたものなのです。
もちろん、1980年以降でも、1000億円を超える規模までに成長した住宅のリフォーム事業などの例外はありますが、R&D主導で生み出した商材で、将来、事業の柱となるようなものとなると残念ながらほとんどでてきていません。
大きな柱となる商材を生み出しにくくしている原因は何か…。そしてその認識の下どのようにR&Dのやり方を変えなければならないか、ということを真剣に考えなければなりません。

諏訪それは何でしょうか?

上ノ山大きくは3つぐらい考えて見たくなります。まず1つ目は、「取り組むテーマの独自性が不足している」ということ。
例えば欧米人の場合、「皆がやっているんだったらやめようか」という考え方をするのですが、日本人の場合だと、どちらかというと皆がやっていることを自分も同じようにやると安心だとか、正解だとか考えてしまう。農耕民族の気質です。これを私は「同質の過当競争」とよく言っているのですが、結果的には非常に競争が激化し差別化できず、R&Dが疲弊してしまいます。

諏訪つまり、失敗を恐れて他社と同調することで、自分たちの足下をすくわれてしまうということですね。似たような技術が増えるほど、大きな柱となる新事業を築いていくのは難しくなる。他にはどのような背景がありますか?

上ノ山2つ目は、「顧客に受け入れてもらえる製品を開発完了するまでの時間が、以前よりも格段に長くなっている」ということです。例えば電子部品の提案だと、お客さんからは「これだけ必要なスペックがありますから全部満たして持ってきてください。」と言われてしまう。そのスペックのレベルが益々高くなってきていますので、全て満足させようとすると平気で5年も10年も時間がかかってしまう。

諏訪時間がかかる上に、個別の要求に特化しすぎると別の用途への展開も難しくなりますよね。3つ目は何ですか?

上ノ山3つ目は、誤解の無いように言う必要がありますが、研究者自身が、たとえ開発のペースが遅くても、開発がそれほど順調に進まなくても「危機感が薄い」ということです。

諏訪危機感が薄い?それはなぜでしょうか?

上ノ山まずはハングリーになりにくい現実があります。研究者として成果を出そうが出すまいが、毎月自動的に銀行に給料が振り込まれ、やらなければならないという不安も、自分がやって得る対価というものに対する喜びも薄れてしまっています。マイペースとは言いませんが毎日同じように研究することが自分の仕事だという感覚になってしまっている。土日も休めますし。明日をも知れないベンチャーのおやじとはアグレッシブさでは雲泥の差になってしまっています。兎に角研究開発のスピードが遅い。
それと中央研究所という組織の問題も顕著になってきています。中央研究所は1930年代にデュポンでナイロンが開発された時、「中央研究所なるものが組織されていると頭の良い奴らがなんか出してくれる」ということで、当時は世界中で、研究開発を行う各企業が当たり前のように中央研究所を創設して研究を進めました。結果を出しやすい時代はもちろんそれで良かったのですが、それが今のように難しい時代になると、この隔離された環境で自分で勝手に考えて研究を進めてしまうことこそが問題となってきていると思っています。

諏訪日本の労働環境では、9時ー17時の間で動いて上、早く帰宅しましょうと国が厳しく指導してくる。でも、研究開発は実験の準備などがあって、単純に時間で区切られてしまうと、思ったように研究が進まないという問題もありますよね。

外部の情報を取り込み、新たな価値を創造する

諏訪この状況をどのように打開しようとお考えですか?

上ノ山まずは、「外の知恵、力、情報をどんどん吸収し、刺激を受ける」ことです。
お客さんの要求するスペックが多様で高度になっている状況において、「象牙の塔」のようないわば閉鎖された中央研究所に閉じこもっていて、自分の考えだけで正解を導き出せることはまずありません。なので、私としてはお客さんのところに積極的に赴いて色々な情報を仕入れたり、ナインシグマさんのような技術仲介事業者を通して、「外の情報をどんどん吸収するようにしなさい」と伝えています。

諏訪つまり、外部とのネットワークを広げて技術を取り込むオープン・イノベーションもその一環ということですね。

上ノ山そうです。その上で大事なのは、情報処理スキルです。論文を紙媒体でしか見られなかった昔と違って、今は瞬時に膨大な情報を仕入れることができるようになりました。食傷気味ともいえますが、一方で如何にそれらの素材を上手に料理して皿の上に盛りつけるかということが勝負の時代で、オリジナリティ-豊かに自分のやることを選択し決断していくことが大切なんです。

諏訪それこそが、Net時代の新しいR&Dの姿ですね。R&D部門こそ、ネットを通じて有益な情報にアクセスし、スピード感をもって開発の進め方を決めるべき、ということでしょうか。

上ノ山そう。外の情報を吸収すると、スピードもちろんですが、「研究者の意識を変える」という点でも、「異なる創造性を取り込む」という点でも、有効なのです。特に、創造性に関しては私自身がアメリカに2年ほどいた際に感じたことでもありますが、日本人と欧米人とでは根本的な考え方に大きな違いがあると感じています。

諏訪どのように異なるとお感じですか?

上ノ山欧米人は0から1を生み出す最初のスタート部分が得意で、一方、日本人は1が見えたらそれを10にしたり100に発展させることに大きな力を発揮すると思っています。

諏訪なるほど。最初のテーマの探索や設定の段階で、同質を嫌う欧米人の視点を取り込めれば、日本人の研究者が陥りやすい「同質の過当競争」も避けられる、ということですね。

上ノ山その通りです。自前でこつこつ進めることを良しとする会社ももちろんありますが、積水化学はそうではないと考えます。世の中にある素晴らしい創造的な知恵や力を吸収させていただき、その種をコアにして、そこから自分たちの競争力の源泉を発展させていくというやりかたです。ただし、やみくもに社外に0から1を生むテーマを求めるかというと、決してそういうわけではありません。

R&Dの方向性を導くCTOの役割とは

諏訪そうは言っても、日本人の一研究者が、一人で0から1を生み出すのは難しいように思えるのですが?

上ノ山それこそが、私の役割だと認識しています。次世代の積水化学の柱となる事業・ソリューションをイメージして、まず私がR&Dの方向性をしっかりと定める。研究者は0から1を求めて360度やみくもに探すのではなく、私が示した方向性に基づいて、皆で0を1にするテーマを探しにいくということなんです。更にその際重要なのが「既存の事業からの距離感」です。現在自分たちが行っている事業を俯瞰で眺めた時、外周1周目なのか2周目なのか3周目なのかという視点でみると、1週目くらいまでは今の現業でしっかり考えてもらい、2周目くらいを我々コーポレートのR&Dが行うという役割分担です。

諏訪全くの飛び地ではないわけですね。

上ノ山はい。2周目といっても、根も葉もないことをやるわけではなくて、あくまで、例えばケミストリーの視点で成型加工技術に立脚する。決して全く経験のない飛び地へと飛躍してはならないのです。
そのような考えのもと、3~5年ほどの時間をかけて、他社から一目を置かれるような技術へ育てていくことを目指しています。何もないところから新たなものを生みだすところまですべて自力で行おうとすると、3?5年はあっという間に経ってしまいますが、外部から持ってきた1の技術を10に発展させる活動に3~5年専念すれば、全く新しいテーマであっても、他社から一目を置かれるような状況にできると私は考えます。

諏訪確かに、事業環境を考えるとそのくらいの期間で立ちあげられないと厳しいですね。ということは、0から1を生み出す研究は自社では全く行わないということでしょうか?

上ノ山いえ、一部は社内でも行います。社内にも0から1を生み出す豊かな創造性を持った研究者が20人に1人くらいはいますから。 そうした資質を持つ研究者に対しては、私からこれといったテーマを与えず、自由に研究開発させているんですよ。

諏訪そういう研究者をすぐに見抜けるものでしょうか? それとも、何かのプロジェクトを進める中で「あ、この人は視点が違うな」と見えてくるものでしょうか?

上ノ山そういう創造人材を発掘して守ってあげるのも私の仕事だと認識しています。これまでに、どういう人が創造性のある人物なのかを分析したことがあります。 いろいろプレゼンを受けて、私が「ああじゃないか、こうじゃないか」と質疑応答する時に、「あ、そうですね。はい、わかりました」と返答してしまう人は残念ながら創造人材とは言えません。むしろ、私のコメントに対し、「はぁー」とか「んー…」とか言って宙を見ているぐらいの人間がまず創造人材としての必須の要件ですね。(笑)

諏訪なるほど。もうすでに彼の頭の中では他の考えがぐるぐると駆け巡っているわけですね。(笑)

上ノ山宙を見上げないけど、「いやそれはこうです」と即答できる人も魅力的です。それができるのはやはり、日頃から自分なりに問題意識を持ち興味を抱いてあちこち調べに行っては自分なりの答えを導いているからなんです。「物事の本質をどうしても知りたい人間たちの共通した行動」です。しかもどこから調べてきたのかと思うぐらい、「ここにこんなことが書いてありました」ときます。創造人材は調査能力も卓越しています。本質を知りたがると言うデザイアの強さと創造人材とはかなり密接な関係があると思います。

諏訪確かに問題意識を持つということは、後から習得するというより、どれだけ好奇心を持ってアンテナを張っているかという、人の本質にかかわる話のような気がします。

上ノ山例えば、「鉄とプラスチックとどちらが強いですか?」という問いに我々凡人は「何言ってんだ、鉄に決まってるじゃないか」と答えてしまいますが、彼らの答えは違います。「ポリマー一本分の太さで比較すると鉄より圧倒的にプラスチックの方が強い」ときます。「だからプラスチック繊維で強化する研究は非常に意義があるんだ」ということで意識高く研究を続ける訳ですが、やはり原点となる感覚が我々や他の研究者とは違うと感じさせられます。

諏訪発想、着眼点にオリジナリティーがあるんですね。

上ノ山こういう創造的な発想を持った研究者は数が少ないのですが、日本、或いは積水社内にもいる訳で、彼らを大事にしなきゃいけない。そういう人たちは、処世術が結構弱いですから…。

諏訪上司の人がしゃべっているときに宙を見つめて「んー…」なんて言っていると、確かに評価されないリスクも大きいですからね。

上ノ山だから、我々マネジメントサイドとしてはそういう人を大事にしてあげながら、自由な環境で発想豊かにやらせてあげないといけない。
同じようなことを繰り返して述べますが、研究者は、本来自信を持って進めているはずなんですが、実は、先が見えない状況において、不安でもあるんです。先が見えれば集中して走れますが、先の見えない状況で走り続けていると、「自分は今、ここを走っていていいのだろうか…」と悩んでしまう。そういうことに対して、やはりCTOとしての私が、「今走っている道は正しい」と勇気づけてあげないといけない。そういう役割が非常に重要だと考えています。

諏訪指針を明確に示すということは、CTOとしての責任がより明確になりますね。

上ノ山そう。CTOの役割が以前にも増して重要なので、R&Dがうまく進まなければ、研究者一人一人の能力のせいではなく、社員の精神力を高めるマネジメント能力に問題があるということになってしまうので。
もちろん、事業の柱を築いていく上では、先ほど述べた創造人材の他に、マーケットとお見合いをさせる人、プロジェクトがスタートしてからごりごり課題をつぶしこむ人も必要なんです。新事業創出においては、この3種類の人たちの力を上手にバトンタッチしていくことも大変重要です。創造人材は、真ん中や最後のところは得意じゃないし、プロジェクトリーダーは最初のところは全然得意じゃない。

諏訪マーケットとお見合いをさせるとは、具体的にどういうタイプの人ですか?

上ノ山マーケットサイドとコミュニケーションして情報をしっかりと引き出せる人で、私のイメージでは「引っかけ屋」です。こつこつと業務を遂行するタイプではない。大事なのは、出てきた技術シーズを見て、「あ、それ、こういう目的で使えるんじゃないか」「それ○△×の誰々知っているから聞いてみよう」という感覚を持った人のことです。そうした彼らは結構腰が軽いですから、最後のステージの地道に課題をつぶし込む人のように、腕力でごりごりやるようなタイプとはまた能力は違います。

諏訪研究者ごとの適性を見て、配置されているのですね。

 

 

未来の生活を形作る「住社会インフラ創造」

諏訪ここまではR&Dにおけるマネジメントの課題と取り組みについて教えていただきました。ここからは、積水化学における今後の方向性について、詳しくお伺いします。

上ノ山積水化学では、住宅、環境・ライフライン、高機能プラスチックスの3つの事業の方向性を、「住社会インフラ創造」と「ケミカルソリューション」という2つの言葉で表しています。

諏訪3つの事業を「住社会インフラ」と「ケミカルソリューション」でとらえるということですね。

上ノ山ええ。まず「住社会インフラ創造」について説明するとこの領域は、住宅とライフラインを組み合わせた他社にない独自な事業展開を作って行くイメージで、最近はやりのエコタウンやスマートコミュニティにも繋がります。

諏訪「住社会インフラ創造」における今後の発展をどう見ていらっしゃいますか? 住社会インフラは人の生活の根幹にかかわる部分で、かつ最も古くから発展してきた科学分野ですから、短期的に激しく技術が変化しないようにも思えるのですが…。

上ノ山変化の早さは判りませんが、大事なポイントは、人間の欲望の強さです。我々は自分に最も密着した生活の中で、もっと豊かになりたいという欲求が強いはずです。その欲求に応えるために、もっともっと技術は進歩しますし、またインテリジェントになります。最も人間の生活に密着した空間が「住まい」と「車」になりますが、この二つは益々技術が進み、且つインテリジェントになっていく、という感触があります。例えば、車の世界では、自動ブレーキによって衝突を回避する予防安全技術がありますが、これはまさに車のインテリジェントに関する技術で、同じように「住まい」をインテリジェントにする工夫がどんどん進化していくと思いますし、これは積水化学という会社のいわば社会的責任だとも思います。

諏訪御社はこれまでにもいろいろ手掛けていますよね。エネルギーマネジメントも含めて。セキスイハイムではすでに多くの顧客も持っていますし、知名度もブランド力もあるので、いろいろトライしやすい環境にはあるように思えます。

上ノ山今セキスイハイムで進めているHEMSというエネルギーマネジメントをベースにして、パイプラインを含めたインフラの技術をジョイントさせ、「住社会インフラ創造」というマクロな視点でコミュニティーレベルでの最適化、インテリジェント化を考えるのが、コーポレートR&Dの役割だと思っています。
それと、今スマートコミュニティの検討はあちこちで盛んに進んでいますが、どちらかというと供給者側の論理で進んでいることが多く、積水化学としては、ハイムという事業を中心に置いて、需要側の立場に立った独自な展開ができればと考えています。

諏訪需要側の立場となると、協力してくれる自治体を見つけてトライしていくということになるのでしょうか?

上ノ山 今、北九州市の協力の下、実証実験をさせていただいています。ああいう大きな自治体が積極的に実証実験の場を提供してくれるというのは素晴らしいことです。

諏訪そうした自治体の参加と理解がないと、一企業だけではなかなか進められるものではないですものね。]

上ノ山そういう意味では国や自治体も含めて、いろんなパートナーシップを切り盛りしていかないとインフラ事業は成功しません。

著しい変化を遂げる「ケミカルソリューション」

諏訪では次に、「ケミカルソリューション」という考え方について教えてください。

上ノ山「ケミカルソリューション」とは、ソリューションという言葉通り、単品の部材で勝負するのではなく、点から線や面という形に発展させ、システムやセットの形でソリューションを提案しよう、という考え方です。単品部材の事業は判りやすい側面があり、例えば東アジアの企業にすぐに追いつかれてしまう、ということになります。
それにこれまでは、まず技術を深めていって、ある程度技術ができてからビジネスを考えてきましたが、これからは、最初に何をするのかソリューションの形でビジネスをとらえ、それを実現するための技術が何なのかを考えていきたいと思っています。それが線になり面になると、追いつく方も難しくなると考えていますから。
そういう意味では、プラスチックの領域でもソリューションという感覚を大事にしたいと思っています。

諏訪なるほど。ソリューションという発想で化学をとらえるわけですね。化学の領域自体は、半導体材料・光学材料とここ10年、20年で目覚ましい進化を遂げてきました。このような分野は今後どのように発展していくとお考えですか?

上ノ山技術の歴史において、セメント、鉄、紙が基幹産業としてもてはやされた時代があり、80年以降は、半導体を含めた物理の時代でした。2000年になってITの時代になり、さて次は何の時代なんだろう?と考える訳ですが、私の答えは明快で、「これからは化学の黄金時代」ということになります。化学を本業としている積水化学としてはワクワクします。確かに生物学も今後大変重要になると思っていますが、「生物学の根本も化学」だと思います。

諏訪たしかに、生物の活動はすべて化学反応とも言えますよね。

上ノ山そう、全て化学反応なんです。化学の優れている点は、多種多様な人間の欲望に対してきめ細かく対応できる能力にあります。例えばプラスチックという化学材料は多種多様な人間の欲望に応じて何十種類もの材料を用意し、見事に使い分けられています。すばらしいことです。

諏訪それこそが「ケミカルソリューション」という考え方で、化学はソリューションを作りやすいということですね。

上ノ山ええ。つまり「より多くのソリューションを生むことができる」のです。遺伝子工学もこれから益々進化していきますが、その遺伝子工学を切り盛りする力こそがとりもなおさず化学なわけです。

諏訪遺伝子工学を切り盛りするということは、具体的にはどういう意味でしょうか?

上ノ山遺伝子工学の進化に合わせてこういうモノを作りたいと思いを巡らせた時、やはり化学式・構造式を抜きにしては考えられないということです。

諏訪確かに、解析にも化学が不可欠ですものね。

上ノ山あるいは逆に、化学的にこのような物性になるから、これを遺伝子組み換えで作ってみたらどうか、といった相互のコミュニケーションが必要になるわけで、遺伝子工学という非常に工学的なアプローチの横には常に化学があって、お互いに対話しながら、進化していくことになると思うのです。遺伝子工学がホットであれば、その隣にいる化学も当然ホットになる。同時に「遺伝子工学のパートナーとして活躍の場が増える」ということ。さらに、「石油化学の次の役割を担う」ということなんです。

諏訪それは生物化学への転換ということですか?

上ノ山そう。石油化学がなくなったら化学もなくなるのかというと、そんなことはなくて、石油はなくなっても、依然として化学は残ります。人間の欲望にきめ細かく対応してきた化学が無くなるなんて不幸を人間が許さない。(笑) 石油から生物の時代へと変わっていくとしてもそれを支える技術は化学です。

諏訪遺伝子工学やバイオ医薬品など、バイオの部分にばかり注目が集まっているように見えますが、そういう視点で考えると、化学は今とてもエキサイティングなんですね。

上ノ山ええ、80年代以降、半導体が非常に日の当たる産業のコメであったように、これからは化学が産業のコメと言われるような時代になると強く信じています。だからそこに身を置いている私としても、社会的責任を感じる訳です。ただし、積水化学としては唯今現在バイオの力は全く強くありません。更に世界中にはバイオメジャーがたくさんいます。彼らとガチンコの勝負をするつもりはありません。前にも言いましたように「競争環境」をしっかり捉えることが重要です。積水化学の独自性を自分たちの武器である化学でどう構築していくかです。

諏訪競争環境を充分意識した研究開発も重要だということですね。

 

外部との連携でwin-winの関係を築く

諏訪 では最後になりますが、外部の個人や組織に期待すること、また、積水化学と組む相手にアピールする点などを教えてください。

上ノ山 私は、ナインシグマさんのような外部の優れた組織を見つけ出し、結びつける活動をする企業との連携が、積水化学の発展において非常に重要だと考えています。

諏訪 よりグローバルに最適なところを見つけて組んでいきたい、いうことですね。それはあまり近場で同じ相手とばかり組んでしまうと、小さくまとまってしまい、新しく大きなことがしづらいということですね?

上ノ山 そうです。最適な相手としっかりwin-winの関係を築くことが重要だと思っています。社外の様々な組織と付き合っていますが、課題もあります。もう少し全体の視点で見ると、本来二つの組織は一緒にやれて当然なのに、入り口の段階で互いの主張が強すぎるため、相手に対する寛容さが欠けてしまい、話がうまく前へ進まないというケースが結構あるからです。

諏訪 会社に対して忠実であるがゆえに、会社としての立場を強く主張しすぎてしまうケースを我々もよく見かけます。

上ノ山 本当のwin-winとは何なのかを相手とともに考えながら進めていけば、必ずよりよい答えを導きだせるはずなのです。

諏訪 数多くのアライアンスを経験している企業は、「win-loseの関係になるとlose側が必ず手を抜くので結局lose-loseになる」ということを肌で感じています。
例えば、食品大手のクラフトなど、相手が不満を抱えていないか確認しながら交渉を進めるため、中立的な働きをするアライアンスマネージャーを置く会社もあるくらいですから。win-winの関係構築は建前だけでは通用しません。

上ノ山 その通りです。ただし、欧米と日本では、交渉の進め方が明らかに違うのでためらう点も多いですよね。欧米人は最初に腰を抜かすほどの厳しい条件を出してくる。我々がカウンターパンチを受けている隙に、腹の中に落とし所を持ったままさらにハードな条件を出してくる。この進め方をちゃんと理解しておかないと、欧米人との交渉は難しいと感じています。
逆に日本の場合は、最初は非常に緩やかに、「まぁまぁ」と進んでおいて、途中からややこしくなることが多いのです。どちらが良いかというと、入り口の段階ではっきりとしているほうが、最初の交渉は厳しいものになりますが、お互いにやるべきことをしっかりと認識できるので、結果的にはやりやすいと感じています。「まぁまぁ」で進んでしまうと、最初に人間関係を築いた二人がいなくなった途端、交渉がボロボロになってしまいますから。

諏訪 確かに、最初が厳しいと最低限の落とし所をお互いに理解し合えるというメリットはあるかもしれませんね。

上ノ山 他社とのコラボレーションも増えているので、国内外の違いを理解した交渉術は重要なスキルになりますが、そうしたスキルを持つ人材を増やしていくためにはどうすべきか、もっと研究していかなければと思っています。

諏訪 外部から積極的に情報を求めることによって研究開発を加速・強化させる領域はトップダウンで示して、情報収集の手段も整い始めたので、これからは、外部の知をうまく取り込むための体制を強化していくということですね。
事業の柱を築く上での鍵となる「スピード」「同質の過当競争の回避」「研究者の意識変革」のいずれにおいても、外の情報をどんどん吸収することが有効であるというお話、そしてトップが示す重点領域である「住社会インフラ創造」においてはパートナーシップのスキルが欠かせないということ。「ケミカルソリューション」においては、今後成長するバイオの隣に必ず存在する化学に大きな機会があるという想い。そして外部との連携について、とても刺激的でした。本日は貴重なお話をありがとうございました。

上ノ山 こちらこそ、ありがとうございました。

(2013年5月14日)
PROFILE: 上ノ山 智史(うえのやま さとし)

1980年3月 東京大学大学院 工業化学修了
1980年4月 積水化学工業 入社
1999年2月 技術・開発本部 水無瀬研究所長
2000年3月 高機能プラスチックス事業本部 開発研究所 水無瀬研究所長
2007年10月 R&Dセンター NBOヘッド
2009年4月 執行役員
2009年4月 R&Dセンター所長(現任)
2011年4月 常務執行役員(現任)
2011年6月 取締役(現任)