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オープンイノベーション実践者との対談(第1回)
日東電工株式会社
取締役上席執行役員 CTO
表 利彦

第1回の連載は、エレクトロニクス、自動車関連、ヘルスケア、環境分野で高い技術を担う「日東電工株式会社」。
業界を牽引するリーディングカンパニーとして常にトップを走り続ける同社の、最高技術責任者で上席執行役員の表利彦氏に、R&D組織運営の根底にある戦略と熱い想いを伺いました。

諏訪 今日はお忙しい中、貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
表さんとはこれまでにも何度かお話をさせていただく機会がありましたが、このような対談という形でお話を伺うのは今回が初めてです。リラックスした気持ちでさまざまなお話ができればいいのですが、表さんのお話は勉強になることが多くて。私のほうがついつい聞き入ってしまうので、対談にならなくなってしまうことだけが、少し心配です。(笑)
このような対談の場を作ったきっかけは、大企業のCTOの皆様がどのような考えでR&D組織を運営されているのか、あまり知る機会が無いため、ナインシグマのネットワークを使って外部へと発信することで、より良い出会いが生まれればと考えたからです。また、我々にとっても、オープン・イノベーションという一部の活動だけでなく、全体的なR&D組織運営についてより理解を深めることで、その背景にある人や技術をもっと世に広めていきたいと考えています。
それでは、さっそく対談に入らせていただきます。よろしくお願いします。

こちらこそよろしくお願いします。

新しいエコシステムを形作る企業に求められ続けることで大きく成長する

諏訪日東電工の場合、半導体関連の部材が成長を牽引していた時代もあれば、液晶などの光学部材が成長を後押しする時代もありました。しかし、最近のエレクトロニクス分野は、次なる成長が見えづらくなってきたように感じます。もちろん御社では、エレクトロニクス以外にも、メディカルなどの多岐に渡る分野で事業を展開されていますが、ニーズのとらえにくいこれらの市場において、今後の技術開発における戦略を教えてください。

日東電工は2018年に100周年を迎えます。この節目の年を迎えるにあたり、今後、いかに事業を伸ばしていくかを考えなければいけません。まず一つに、現存の事業でキャッシュを生み出さなければ、次の投資はできないということをふまえ、これまで取り組んできた「3新活動」や「グローバルニッチトップ戦略」という、日東電工のDNAで現業事業を安定的に成長させることが重要になってきます。しかし、さらなる躍進を考えた場合、従来通りのやり方で猛進するだけでは成長にも限界がある。そこで、さらなる一手として、「Green」「Clean」「Fine」という新たな成長領域を育てていこうと考えています。

諏訪Greenは環境技術で、Cleanはエネルギー・省エネ。 Fineはライフサイエンスですね。

そう。これら3つの成長領域を育てるためには、自分たちのDNAに頼るだけでは限界があります。従来の殻を打ち破りさらなる高みへと挑戦していくには、外部の技術を取り込むことも必要だと考えています。

諏訪まずは、研究開発を進めていく上で、日東電工のDNAの一つともいえる「3新活動」について教えてください。

「3新活動」とは、今お世話になっている市場と既存の商品から、「新市場」「新商品」へと拡大し、その両方を合わせて「新事業」を生み出す、まさに「3新」で活動するということです。分かりやすくいえば、新しいニッチを発見し(新市場)、コンセプトをマーケティングすることで顧客へ一足先に商品を提示(新商品)、そして、新たなパートナーを見出し、新たな市場や商品を深く掘り下げることで事業部とコラボレーションを生み出す(新事業)という、枠組み作りを行っています。
しかし、新たな成長領域に対して、5年?10年後に既存事業の延長でできるこれまで通りの3新活動を当てはめるとなると、アプローチの仕方に少し無理がある。
我々が目指すべきは、将来起こりうるエコシステムを形成する上で、キーストーンの役割を担う強い企業に対して、「日東電工はぜひそこに入っていてください」「抜けないでよ」と言ってもらえるような、不可欠な存在になることだと考えているのです。

諏訪そういった新しいエコシステムの領域が何であるか。その見極めが、各社が一番悩んでいるところではないでしょうか。 それがわかっていないと、新しい技術を育てるチャンスがあっても気付かなかったりする。御社の考え方は、そういう新しいエコシステムの領域は、すでに考えているプレーヤーがいて明確になっているので、そこに取り込んでもらえるように先回りして動くことが重要、ということなのでしょうか?

いや、新しい領域は明確では無いのです。無いのだけれど、「差別化のマネジメント」という目指すべき姿を可能にする、日東電工の研究のテーマを設定する際に、絶対に描けなくてはならない3つの満たすべき基準があるのです。

 

多くの市場で磨かれて「差別化した技術」へと成長するシナリオを描く

諏訪とても興味深いですね。「差別化のマネジメント」について、具体的に教えてください。

まず、どんな領域のキーストーン企業からも声を掛けていただくには、「差別化した技術」を持つ必要があります。しかし、世の中に無い新しい技術を開発することが、必ずしも「差別化にはつながりません。
既存の市場では、お客様から要求される機能がどんどん上がっていきます。そこに向けて技術開発すると、最初は要求を満たすことができず採用されないが、ある時点で上市できるようになります。しかし、どこかで技術が限界に達すると、それ以上売れなくなってしまいます。そこで、技術力の限界を超えられる新しい技術を開発しようと試みるのですが…ここまではだいたいどこの企業も同じプロセスをたどると思います。
ここからが日東電工の掲げる「差別化のマネジメント」の考え方です。最新技術は、当初はパフォーマンスが悪いため、すぐには市場からの支持を得られません。既存の市場で使ってもらおうなんてことを考えていると、たとえ運よく計画通りに開発が進行したとしても、長い期間一銭も利益を生み出さないまま研究だけが続くという結果を招いてしまいます。そこで、通常認識している顕在市場よりも少し低い用途で先に展開することを考えるのです。

諏訪市場規模は小さいけれど、要求性能も低い用途を見つける、ということですか?

そうです。その市場で独占的に技術をインキュベートしてモノにできると、ここで一回モノづくりの力が養える。そこからもっと技術を高めていけば、より成功率が上がり、開発当初に目指していた用途でも展開できるようになるのです。たとえその段階で他社が技術開発に着手したとしても、我々は他社とは違う、より要求の高い市場にその技術を展開できているので、差別化を図れるというわけです。
この考え方をもとに、競合相手と比べて上市までの時間を、最低でも1年、願わくは2年短縮できれば、競合に大きく差をつけることができる。この期間の短縮こそが、1つ目のテーマの基準なのです。
ですから、最初から新しい領域を見据えて、ターゲットを満たすために開発に着手するわけではないのです。
例えば、ライフサイエンスという領域で考えてみるとしましょう。人間がどうやれば健康になり生活が豊かになるのか、ということに関連するテーマであれば、別にこれでなくてはならない、という決まりは無いのです。

諏訪なるほど。 「Green」「Clean」「Fine」の大きな方向は会社として決めているけれど、その枠の中では、各テーマのプロジェクトリーダーが「差別化のマネジメント」の条件を満たすテーマを見つけてくる、ということでしょうか?

そうですね。テーマリーダーは、「Aの技術は、Bの用途を目指しているが、短期的にはCの用途でも使えて、この時代にはDの用途でも使えるようになる」というように、自らがシナリオを描けないとだめだということです。

諏訪その際、現業の技術を置き換える用途も必ず入っていなくてはならないのですか?

新しい市場だけでは時間がかかり過ぎてしまうので、今の用途で使っている技術をさらに破壊的な技術で置き換えられるのであれば、必ず狙っていくべきなのです。

諏訪つまり、自社が不慣れな新規用途だけだと思い通りに展開できないリスクもあるから、現業の技術もさらに発展させ置き換えてみるということですね。

そうです。
そして、同じ技術を異なる用途で何回も練磨し、いろんなものに使っていくと、初めてこれが基幹技術になるのです。
だから、僕の考え方では、基幹技術を開発するための研究というのはやるべきではない。

諏訪最初から基幹技術を作ろう、と目指すのはあり得ないと。

そう、全くのナンセンスですね。実験室で研究だけやっていて基幹技術なんてできるわけがないんです。
モノを作らないと蓄積できない技術やスキル、というのがありますから。
何度も多様な分野で使われて磨かれて……結果的に外から見たら、競争力のある基幹技術になっているというのが望ましい姿なのです。

技術力で逃げ切れるテーマを選ぶ

諏訪では次に、御社の掲げる「差別化のマネジメント」のうち、2つめの基準を教えてください。

「テーマの種類」です。
最近では、開発のサイクルが短くなっていると言われます。確かにいろいろなツールができてサイクルは多少短縮されていますが、アセンブリ製品は別として、我々が行う材料開発の分野では、開発から完成までに10年、20年、30年という時間がかかっていて、決してサイクルは短くなってはいない。

諏訪 確かに、材料開発には時間がかかりますよね。

短縮されているのは上市してから売れなくなるまでの期間のことで、これはずいぶん短くなっています。だから、すぐにコモディティー化して投資が回収できなくなってしまうのです。
昔は、技術を高めれば顧客価値が上がり、他社との差別化が図れたのですが、現在では多くの製品・部材が「上限規格品」という考え方に属するものになってしまってる。

諏訪 上限規格品とは何でしょうか?

ある一定以上のスペックは必要のない製品のことです。
せっかく2年で上市しても、技術情報があふれている今の時代、上限規格があると、いろんなところがリターンを求めて開発を進めてしまうと、すぐに追いつかれてしまうのです。

諏訪 難しいですね。ではどうすれば良いのでしょうか?

上限規格品のようなリミットがある製品ではなくて、スポーツ競技の世界新記録のように、技術的にちょっと上がると称賛されて顧客価値を絶対的に高めていくような、「無限規格品」を開発できるのが望ましいのです。
考えてみると環境・エネルギー・省エネはどれも、無限規格なんですよ。

諏訪 確かにエネルギー効率など、数値が高ければ高いほどほど良いですね。

電池はエネルギー密度を上げれば上げるほど容積が小さくなるし軽くもなる。もちろん電圧などの規格はあるけれど、技術は頑張れば頑張るだけ伸びるんです。

諏訪 限界はすぐには見えない…。

そう。我々が保有する「逆浸透(RO)膜」という、海水から真水を生み出す製品も、質の高い水を低い圧力で作れば作るほど良いのです。その製品化技術で頑張れば、他社から逃げ切れる可能性があるんです。

諏訪 逆に規格の要求が止まってしまうと、技術としてはそれ以上やりようがなくなってしまうし、一から新しいものを見つけるのは大変なので、そういう意味でも良いですね。

環境・エネルギー・省エネ関連など成長領域の製品は、いくら性能が良くなるからと言って、顧客がそこに莫大なコストを負担するかというと、決してそういうものではない。しかも、必要とされる要求レベルは高く、一時的なブームで容易に到達できるレベルのものでもありません。

諏訪 環境のためにライフスタイルを変えられるか、と言うと多くの人はそこまでできないですよね。

だからこそ、我が社としては価値を提供し続けられれば、エコシステムを築くキーストーンとなる企業から「日東電工はずっと入っていてよ」って言ってもらえる領域だと考えています。

諏訪 技術者としても、最終消費者の変化するニーズに合わせて開発テーマを変えていくのは正直つらい。だけど、こうしたすぐに限界の来ない領域に照準を合わせ、常に高いレベルを目指すことは目標も明確になって、より集中しやすいですよね。

 

繰り返し何度も利用されるようなシーンを想定する

諏訪「差別化のマネジメント」を構成する3基準として、これまで「短期的に使える用途を見つけ技術を磨いて差別化する」「無限規格のテーマを選ぶ」を挙げていただきましたが、残る最後の基準を教えてください。

最後は、「一つの用途における利用の拡大」です。
いくら良いR&Dの戦略を描いて次の投資を試みたとしても、現業で潤沢に再投資ができるキャッシュが生み出せないと、次の一手は打てません。差別化と無限規格で他社から2年リードし続けたとしても、適正なキャッシュをお客様からいかに還元していただけるかについて、考えなくてはなりません。
しかし、キャッシュを得ようとするがゆえに、他社のテリトリーを奪っていくという考え方は、成長期の市場においては可能でも、成熟期には無理でしょう。

諏訪一度成熟してしまうと、どんなに頑張ってもシェアはほとんど変わらないということですね。

シェアを奪うために膨大なエネルギーを注ぐ割には、状況は変わりません。
そこでまだ成熟していない「新興国市場を攻める」と、皆が同じことを言いはじめていて、それはそれで重要なのですが、それと同時に、成熟した市場で価値提供を生み出すためには何をすればよいかと考えることも重要です。つまり、一人あたりのお客様から何回リターンをいただけるかという考え方にシフトする必要があるのです。

諏訪それは具体的にどういうことですか?

例えば「バリューチェーン」に置き換えて考えてみると、自動車産業の場合、材料から新車の組み立てまでには、バリューチェーン全体の市場規模が約60%。残りの40%が何かというと…

諏訪サービスですね。

そう。約4割がサービスなのです。
我々は勝手に、新車をつくる材料の一部を供給するところしかやらない、と決めてしまっていましたが、それだと、顧客に対して価値を提供できる可能性は数%しかありません。もし市場が「日東電工には、それも任せるよ」と言っていただけるのであれば、今までの枠にとらわれずに挑戦する価値があると思います。ただ、いずれにしても市場、お客様にとって価値提供ができることが前提ですが・・・・。
バリューチェーンのどこに行っても、「日東電工はいてください」と言われるためにどうしたら良いか…。より深く掘り下げて考えてみると、やはり「サービスサイエンス」は重要だと感じます。
我々の商材はBtoBの部材だけれども、将来的に顧客へ売りだすためには、私たち自身が研究段階から、「お客様がサービスまで意識できるように展開すること」を意識できれば、たとえ中間部材であってもより価値ある製品提供が可能になると感じます。

諏訪言うのは簡単ですが、サービス展開は、メーカー各社が目指していて、なかなかできていないことですよね。

ええ、そう簡単にできるものではありません。しかし、サービス展開には、お客様に意識して使ってもらえるものと、意識していないのに気が付いたらいつの間にか繰り返し使ってもらえるものと、二者あると思います。基本的に日東電工はBtoBの企業なので、お客様の気が付かないうちにサービス展開の中で使ってもらえる、後者を目指せたら素晴らしいと思います。

諏訪なるほど。たしかに、気付きながら使い続けてもらうよりは、ハードルが低そうですね。

日東電工の部材は、スマートフォンやパソコンでも多くご使用いただいており、1個1個の部材を「グローバルニッチトップ」製品と呼んできました。その基準は「その製品が2ケタ成長で伸びるか」「トップのシェアを得ているか」など多岐に渡ります。
ただ、それは単独製品としての定義で、その製品がグローバルニッチトップの基準を満たしていれば、同じ製品の中に他の弊社の提供している関連部材があっても、互いの部品の関連性はあまり意識せず、展開してきました。しかしそれでは、お客様に対してトータルにプロモーションができません。
これまでは、グローバルニッチトップで勝負できそうなところにテーマをばらまいてきましたが、現在では、単独製品で売り込むのではなく、コンシューマの嗜好をもとに、サービス化の消費連鎖をある程度頭でイメージして、ここぞというところに、徹底的に強い技術を仕込むという考え方に挑戦しています。
特に、コーポレートにおける中長期のテーマの場合、単に仕込んでおくのではなく、製品の連鎖の中で、キーストーンとなる企業が動き出し、新しいエコシステムが生まれた際の「使う人」「お金を払ってくれる人」「決める人」というすべてのプレーヤーが幸せにならなければ、商品としては長続きしない。つまり、そこまでの絵を描くことが求められているのです。
すなわち我々が考えるサービス化というのは、その意味も含めてです。

諏訪そうは言っても、キーストーンとなる企業の動向を察知するのは、非常に難しいのではありませんか。

そこは、我々独自で仮説を立てたり、海外の調査をしたりしながら、常に仮説と検証を繰り返すことである程度描けると思っています。打率は既存事業だと80%はないと困りますが、こういう将来の成長領域においては、現時点では20% もあれば良しとしています。
これまでの3新活動は、既存の市場に対して「新しい課題は?」とこちらからお伺いする活動からスタートしより高い価値を仮説するものでしたが。これももちろん重要なのですが、新しい「3新活動」は、我々から、「こんなことが絶対将来課題になるはずでは?」という仮説を持って、営業と技術が一緒にプロモーションをかける。自らで課題を掘り起こすことこそが重要だと考えているのです。
つまり、「差別化のマネジメント」として我々は「短期的用途で磨いて2年差をつけ」「差を縮められない領域で努力し」「繰り返し何度も利用される」ということを目指さなければならない。そして、マネージャーにはこの3つの基準を満たす絵を今の研究テーマで描くところまでを要求しています。

諏訪テーマごとに、この3つすべてを満たすことが必要されているのですね。

完璧はありませんが、我々にあまり知見が無いような新しい分野の技術開発をする場合は特に、これを徹底的に要求し、試行錯誤の回数を増やしています。
例えば、バイオセンサーの場合、バイオセンサーに3つの基準を当てはめたらどういう絵になるのかを一所懸命検討しているのです。

諏訪 特に、3つ目となるサービス展開のお話は、BtoB企業の研究者の方には、これまでにないイマジネーションが要求されるように思えますが?

ばらまいている1つ1つが研究テーマと考えれば、それぞれの技術は圧倒的に他社に勝ってもらわなくてはならないので、個別の技術に携わる研究者たちには、その技術の開発に没頭してもらっています。
その代わり、研究者を束ねるセンター長や部級以上のマネージャーには、テーマの連鎖を必ず意識させて、点と点を繋ぎ、線や面、そして立方体にまで仕立て、いかにお客さんにプロモーションをかけるかという戦略を描くことを期待しています。
今の主力製品は、着想から検証、本格的に開発を着手するまで6年かかります。さらに、着手してから事業化とまでなると7年。事業化してから実際にキャッシュを生みだすまで成長するとなると、さらに20年近くの歳月を必要とするのです。つまり、そんな簡単に主力製品は生まれないのです。
「スピード」と世の中言われていますが、技術開発とはそう簡単なことでない。最初に考えていたシナリオ通りに進まない中、決して外してはいけないロジックから大幅に離れていない限り、粘り強く修正力を持ち続ける力が、マネージャーには必要なんです。途中で良いとか悪いとか決め込まずに、辛抱しながら片目をつぶってでも、やらなくてはならない。

諏訪 つまり、スピードが速まっているかというとそうでもなく、その分リスクが高まっているので、最初に1つの用途がだめでも他の用途で展開できるように修正し、せっかく立ちあがりかけた物は例えしんどくとも逃げず、最終的には何度も使ってもらえるようなテーマを設定することが重要なのですね。

? そうなんですよ。一番の不安はテーマの種となるパイプラインが途切れること……。
そうならないよう、既存事業のほかにも「Green」「Clean」「Fine」といった成長領域に、テーマがどう振り分けられているかを、管理することは欠かせません。常に、70%が基幹技術、20%が隣接領域、そして、10%が飛び地になるようなバランスを意識していて、そのようにテーマが動いているか、結構センシティブに見ているんです。そうなっていないと僕が不安になります。(笑)

諏訪 飛び地となる10%に先ほどの基準を当てはめるのは、とても難しいように思えますが?

難しいですが、面白いことに7年もやっていると、だんだん、その基準にも耐えて面白いシナリオを考えるようになってきています。もちろん、そのシナリオは実際には実現しないかもしれませんが。

諏訪 でも、表さんを納得させられるようなシナリオを描くというのは、すごい!
右肩上がりの時代であれば、安易なテーマ設定でもそこそこの結果が残せたかもしれませんが、現在のように時代の変化が早い状況では、テーマ設定のみでそのくらいの基準を超えられるようなものがないといけないのかもしれませんね。

その3つの基準を、我々は「リーダーの3点セット」と呼んでいて、マネージャーには「3つの基準をクリアできないとリーダー交代」と言っています。
厳しい要求ですがそれには理由があって、3つの基準を満たせないマネージャーだと、結局は人・モノ・カネを動かせない。つまり、プロジェクトが死んでしまう…。結果的には、その下の若い人が不幸になってしまうのです。
本当に起こるかどうかは不確かな部分もありますが、ある意味「それもアリかもねー」と思わせておいて、人・モノ・カネを持って来られるスキルがリーダーとして重要なんです。
これら3つの活動はバラバラに行われているように見えるかもしれませんが、実はすべて一つの体系図の流れの中でやっています。
彼らとしては3つの基準をクリアする計画とスケジュールにおいて、どうすれば確率論的に、一番出口に確度が高く持っていけるか、という視点で常に検討しているので、外部から技術を取り込む「オープン・イノベーション活動」も、その流れの一つの選択肢なのです。
必然的に、重要で優先度の高いテーマで協業先を探すので、協業の可能性があるその先にも、迅速なレスポンスを期待しています。

 

優れたテーマを創出できるマネジメントを見出し育て、サポートする

諏訪 個別の技術を磨く研究者は従来通り集中すれば良いのですが、それを束ねるマネージャーの役割がかなり重要になってきますね。

重要です。ですので、研究組織には「研設計」というテーマの入り口から最後まで並走して支援する部隊があります。

諏訪 多様なスキルを提供してテーマの具体化やプロジェクト化を支援するチームがあるのですか?

研究設計センターという部署があって、実験する研究部隊の中に、マーケティング、知的財産、法務、財務など全体のシミュレーションまでを行うチームを置いています。

諏訪 どういうバックグラウンドの方がこのチームにいらっしゃるのですか?

営業だとか、元知財だとか。研究のバックグラウンドを持つ人材もいる。もちろん、外部の人もいます。

諏訪 それは大学の教授などですか?

大学ではなく、企業価値評価などがきちんとできる、社外の財務スペシャリストなどです。
僕は彼らに対して、「自分たちのテーマは、一つ一つがベンチャーだと仮定してほしい。戦略価値評価から最後は企業価値評価まで持っていけるように進めてほしい」と常に言っています。そこで、財務的にできる人材を経営企画や外部から招いたり、知的財産に関しては、お客様にアプローチする段階からポートフォリオをきちんと組めるような体制を整えています。そういう人たちが、どういうところと組めば目標を達成できそうか、技術者達と一緒になって考えているのです。

諏訪 頼もしい存在ですね。

例えば、設計で検討したテーマにある程度見込みがあるとすると、研究部門でカバーできる範囲を超えた時点で、全社的なプロジェクトとして、人・モノ・カネを投入します。そこで、事業推進プロジェクトとして進めていくのです。PJでいよいよ損益責任が背負える段階では、事業推進部になります。
こうした活動を行っていく過程で、テーマの価値をきちんと語れる人材のスペックや気質というものが見えてきました。これは、社内教育では補えない。
そういう人材をもっとサイエンスの視点で見抜いていこうというプロジェクトも始動しています。これは、結構見抜けると考えていますよ。
企業が事業を運営していく上で、新しい発想を持った人も、決められたことをしっかりできる人も、幅広いスペックの人材が揃っていることが大切で、まんべんなく、ある理想的な形で配置する必要がある。これは、特定のスペックを持った人材を採用するということではなく、それぞれの部署に埋もれている実はもっと別の領域でも活躍できる人を見出し、みんなでインキュベーションしようということなのです。

諏訪 確かに、決して変えられない、人の志向はありますよね。

私たちはまず、それぞれの気質に応じた異なる教育プログラムを作成し、プログラムに沿った育成をしようと考えています。
まずはR&Dの部門内ではじめてみて、ある程度で成功したら他部門へも展開できれば良いと考えています。

諏訪 合わない人に無理な要求してもお互い不幸ですからね。

これを7年くらいやっていますが、10年くらいやらないと結果が出ないので、向こう3年は人材育成をしっかりやっていこうと考えています。

諏訪 最後になりましたが、社外の組織や研究者に期待することを教えてください。

お客様や市場に自分たちの価値を提供し続けたい…。そういう高いモチベーションを抱き続けられる人にとって、日東電工という会社は肌感が合うのではないでしょうか。
また、そういう志を持つ人の下で、自分はしっかり技術を磨きたい、という人もいないと良い技術は作れない。ぜひ、そういう熱い思いを秘めた方とともに働きたいと思います。

諏訪 本日は、貴重なお話を、ありがとうございました。
多くの企業のR&Dのトップが、目標やベンチマークの対象として挙げられる日東電工。そのR&Dがどのように運営されているのか、理解がより深まるとともに、納得いたしました。

 

(2013年5月8日)
PROFILE: 表 利彦(おもて としひこ)

1983年4月 千葉大学工学部 卒業
1983年4月 日東電工株式会社 入社
1990年3月 千葉大学自然科学研究科 博士課程終了
2003年4月 回路材事業部長
2007年6月 執行役員全社技術部門基幹技術センター長
2009年4月 全社技術部門長(現任)
2010年4月 技術情報(技術企画・知的財産)担当(現任)
2011年6月 取締役上席執行役員 就任(現任)/ CTO(現任)
2013年4月 基盤機能材料事業・情報機能材料事業担当(現任)

 

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