3回でお届けしているシーメンスのオープンイノベーションに関する取り組みですが、2回目では、社会の将来像の予測を立てる活動「Picture of the Future(PoF)」の概要や作り方をレポートしました。最終回となる今回はPoFに関するWenisch氏の講演の後半部分からディスカッションを紹介します。
将来のことを考えることの重要性
<参加者C(イノベーション分野の大学の先生)からの質問>
PoFの活動を進めるにあたって、ポイントや気をつけていることはありますか?
<Wenisch氏>
まずマインドとして「将来のことはわからないからこそ、考えなければならない」ということが大切です。
まれに「将来のことは考えても分からないから考えなくてよい」と言い出す人がいますが、考える努力を放棄してはいけません。そもそも研究開発は将来の社会のために行うという目的があり、将来をろくに見据えないまま研究テーマを定めること自体あってはならないことです。
精度の高い将来の予測は確かに困難です。しかし、ある程度の高い確率で見通すことができる未来もあります。例えば先進国の高齢化や人口減少といった統計に基づいた社会動向や、AIやIoTの隆盛など、特定領域におけるこの先数年間の技術トレンドなどがそれにあたります。このような手がかりをもとに、より長期的な将来像をあぶりだす努力をすること自体が重要なのです。
<参加者E(食品メーカ幹部)からの質問>
PoFをもとに、どのように自社の研究開発活動に役立てられているのでしょうか。
<Wenisch氏>
シーメンスの事業部門が新たな研究開発テーマを立ち上げる際に、PoFを活用しています。シーメンスでは新たな研究開発テーマを開始する場合は、まずその領域の未来図を描くところからプロジェクトを始め、その後、事業化していくというプロセスが確立されています。
社内において既に進行中の研究開発の優先順位や注力度を、PoFをベースに見直す活動も行っています。例えば、シーメンスではかつてリチウムイオン電池をはじめとした「エネルギー貯蔵技術」に注力していくことを決定しました。しかしその後、エネルギー技術に関するPoFを実施し、エネルギー単価の推移によるマーケット性や、リチウムイオン電池を含む種々のバッテリー技術を取り巻くトレンドの予測を可視化することによって、これから特に注力すべき分野は燃料電池であるという判断を行いました。
燃料電池は自社で研究開発をはじめ、適切な時期に事業化できました。現在、このプロジェクトはドイツで進められ、水素を一般顧客に販売するビジネスとして展開しています。
社内のコミュニケーションツールとしてのPoF
<参加者E(食品メーカ幹部)からの質問>
全社的な研究開発の方向性の策定以外に、PoFを役立てていることはありますか。
<Wenisch氏>
実のところ「全社の研究開発テーマの方向性の決定」に役立てるというのは、PoFの副次的な活用方法に過ぎないと考えています。私たちがPoFを行う最大の意義は、社内外のコミュニケーションが活発になる点にあります。
PoFを通じて決定された研究開発の方向性は、社内でも合意をとりやすいメリットがあります。シーメンスは事業部門とは独立した研究開発部門を抱えていますが、事業部門と研究開発部門が方向性を一致させて開発に取り組むことは実際には非常に難しいのです。
しかしPoFを通じて得られた未来像をベースに意思決定をすることにより、社内の複数の部門が協力して1つのテーマに取り組むことが可能になります。最終的な成果の確度を向上させる面でも、一役買っていると考えています。
さらにPoFの作成過程で社外の専門家とコミュニケーションが活発になり、世界中の有力な組織とのネットワークが強化されるばかりでなく、彼らとの議論が社内の人材のモチベーションの向上にもつながっていることを感じています。
<参加者F(材料メーカ幹部)からの質問>
シーメンスでは、いつからこのような活動を開始したのでしょうか。またどれくらいの頻度で実施し、どのようなアウトプットを得ているのでしょう。
<Wenisch氏>
PoFは2003年から作成を開始し、頻度は年間2~4回程度です。実際のアウトプットには先ほど述べた燃料電池の例があります。もう少し以前の例では2004年にPoFから「シーメンスにとってのサービスビジネスの重要性」を検証した例などがありました。実際にシーメンスの事業の方向性を左右する決断を、PoFを通じて行ってきました。
<参加者G(電機メーカ幹部)からの質問>
実際にPoFでは、どの程度先の将来を見据えて絵を描くのでしょうか。その理由も教えてください。
<Wenisch氏の回答>
10~15年ほど先の将来を見据えてPoFを作成します。プロジェクトによって多少違いはありますが、通常はシーメンスの事業部門が立てる開発計画を超える期間に設定しています。
10 ~15年ほどであればSF映画のような世界とは異なり、ある程度の確実性のもとに予測を立てることが可能です。一方でそれより近い将来の予測は社内の別部門で検討しているケースがあるため、PoFを通じて予測を立てるまでもないのです。
シーメンスのWenisch氏による講演は以上です。
PoFが将来の社会の予測のみならず、社内外のコミュニケーションツールとして機能している点はとても興味深いと感じました。
シーメンスの仮説にもある通り、今後、世界的に情報のオープン化の進展が予測されます。このような局面では、社内外の部門の間に生じる対立や、社内の研究者の意識をマネジメントする必要性がこれまで以上に高くなることが考えられます。したがって、特定領域の将来像を共同で作るプロセスを通じて意思疎通を行い、合意形成の一助にするPoFは非常に有意義であると感じました。
9回にわたって紹介をしてきた、世界的企業のオープンイノベーションの取り組みに関するコラムは、これで最後になります。
各社それぞれに特徴があり、学ぶべきポイントがありました。各社の取り組みをすべて同じように導入することは難しいかもしれません。しかし、世界的企業の事例を参考に、自社で最適なオープンイノベーションのあり方を考えてみてはいかがでしょうか。