前回、広くアイデアを出させるタイプのオープンイノベーションの成功の鍵の一つに、インセンティブ(懸賞金)を挙げました。例えばCISCOでは、IoTにおけるマルウェア防御・セキュリティー認証情報管理・プライバシー保護に関するアイデアを世界中から募りましたが、コンテストの開催と懸賞金にかけた金額は数千万円単位です。このようなお話をすると、腰が引ける日本企業が多いのですが、アイデア収集手段としてのオープンイノベーションの活用に対する海外の企業の積極性はむしろ増す傾向にあります。
それは、なぜでしょうか? アイデア収集型イベントは、投資に対するリターンも大きく、さらに多岐にわたっていきます。
まずはアイデアそのものの完成度と質です。スタートアップ企業と議論する場合も、相手を選んでから、どのみち開発コストはかかります。しかし、コンテストの場合には、あらかじめ一定期間検討し、作りこまれた成果が得られるので、その部分の開発費用は不要になります。ある意味「一部の開発費の前払い」とみなすこともできます。その上、成果を見たうえで優れた相手先を選べるので、質を担保でき、ダメな相手を選ぶリスク、開発途上で頓挫するリスクヘッジにもなります。
投資に対するリターンはこれに留まりません。このようなイベントをすることによる自社のPR効果は絶大です。CISCOは、コンテストを通じてIoT分野においても、情報セキュリティーのリーダーであり続けることをアピールしています。GEは金属の3D印刷技術のコンテストが、この分野でのGEの積極性のPRにつながり「これまでほとんど売り込みが無かったのに、コンテスト実施以降、常に最新技術の提案を優先して受けられるようになった。先端製造技術はGEが最も力を入れている領域なのでとても有益」と言っています。
極め付けの効果が「有能人材の囲い込み」です。映画「ソーシャル・ネットワーク」でFacebookが学生に時間内のハッキングを競わせ、勝った人を採用したシーンを見た人もいるでしょう。この方法は、職務経歴書と短い面接で相手の能力を推し量るより、よっぽど正確です。より特殊で高い能力を持った相手を囲い込みたい場合は、数時間ではなく、数日、数週間かかるテーマでコンテストを行えば、スキルの見極めの精度はよりアップします。 GEが「フライトクエスト」というフライトに関わるビッグデータを活用した、到着時間最適予測のアルゴリズムのコンテストを行った際には、もちろん、到着時刻予測の精度を高める(=飛行機の稼働率を高める)アルゴリズムも集まりました。しかし「何よりうれしかったのが、世界中の優れたデータサイエンティストを特定し、囲い込めたこと」だとコメントしています。いろいろなものにセンサーを付けてビッグデータを集め、世の中を最適化して価値を創造するIndustrial Internetという戦略をGEが推進する上で、ビッグデータはセンサーを付ければいくらでも集めることができます。しかし。そこから価値を生み出すデータサイエンティストの不足こそが、何より困っていた部分だったので、このようなコメントが出てきたと言えるでしょう。
日本企業は縦割りなので、人事・マーケティング・技術開発は別々に動いています。そのためなかなかこのようなコンテストはできないなどと悠長に言っている場合ではありません。世界は広しと言えども、優れた技術やアイデアを作り出せる才能は限られており、彼らの囲い込み合戦はすでに始まっています。新しいアイデアを生み出せる人材が海外の組織に囲い込まれてしまう前に、日本企業にも、多様なアイデアを生むためのオープンイノベーションを実践・習得してもらいたいと、切に願います。
(ナインシグマは「コンテスト」プログラムで、このタイプのオープンイノベーションの実践支援を行っています。)