オープンイノベーション推進者の役割としてこれまで、「方針の策定」、「手段・プロセスの構築」、「啓蒙・実践者の育成」についてお話してきましたが、最後の、そして最も時間を割く重要な役割が、オープンイノベーションプロジェクトの「実践の支援」です。
もし、オープンイノベーションの実践段階での推進者の役割が、契約・テーマ収集・進捗管理くらいのものだと捉えているようであれば、根本的に考えを改めていただく必要があります。なぜなら、ほとんどの場合、実践者は初めてのオープンイノベーションに不安を抱え、各段階で何をすべきかもわかっていません。また、どんなに仕組みやプロセスを準備しようと最初の数年は想定外のことがどんどん起きるものです。いくら進捗管理をして対応を促しても、動かないものは動かない、出来ないことは出来ないのです。
オープンイノベーションの実践において、推進者の役割は、進捗の把握だけでなく、各段階において起こる大小さまざまな課題の克服を、実際に並走して支援することです。推進者が自らロールモデルとなり、実践し、背中を見せることでプロジェクトを引っ張っていくことが望まれます。多くのオープンイノベーション初心者の不安を取り除き、推進者に相談すればやっていける、と感じてもらえれば、積極的な参加が促され、より効果的なオープンイノベーションのテーマが自然と出てくるようになります。
それでは、具体的にどのような背中を見せればいいのでしょうか?
新たにテーマを作る段階では、もし社外の組織と自社の両方に、共同でテーマを作成した経験者がいない場合には、アイデアの具体化から、両社に承認を取る方法まで、分からないがゆえに止まってしまいがちです。推進者に経験があれば支援し、経験がなければ、経験のある人を社内外から連れてくる必要があります。当然、そのための権限やネットワークも不可欠となります。
テーマレビューの段階においては、オープンイノベーションの活用の可能性を問いかけるだけでなく、自ら調べることで、テーマリーダーが気づいていない、オープンイノベーションの活用方法を気づかせてあげる必要があります。
●「なぜ、自ら行う必要があるのか? なぜ、オープンイノベーションで得られる知見で代替できないのか?」
●「社内だけでなく社外の専門家と話をしたか? この分野の専門家を知っているか?
●「異業種の専門家と話をしたか?」
●「すでに誰かが課題を解決している可能性もある。似たような課題に取り組んでいる可能性があるのは誰か?」
これらは、テーマレビューの際によく使われる「問い」でオープンイノベーションのPower Questionsと呼ばれます。 自社独自のオープンイノベーションのPower Questionsを作り、レビューの際に質問するだけでなく、カードに印刷して配るなど、周知徹底すると、より効果的です。
オープンイノベーションの実践を前提としてテーマを議論する段階においては、社外組織から有望な技術が見つけられるよう、一緒に課題を分解・具体化し、解決策の仮説を立てることが求められます。
協業先を探索し、選定する段階においては、社内担当者のニーズや、社外組織の技術についてお互いの技術者が理解できるように仲介します。技術者は、自分の技術分野以外には詳しくないうえに、仮に理解できないと排除してしまう傾向にあるので、そこまでやる必要があるのです。
同様に、社外組織の技術を評価する段階においても、実践者だけに任せるのではなく、推進者も自ら技術の精査を行います(製薬業界における創薬シーズの評価など、専門性が高すぎるものは実践者に任せます)。社内の担当者は、たとえ相手の技術を理解できてもなお、社外技術を排除する傾向にあるため、自ら社外技術を適切に評価する姿を見せて啓蒙するというわけです。
契約交渉段階では、担当者と一緒に合意できる条件を検討し、また、社内や協業先との調整に奔走します。必要であれば、海外訪問へも同行します。
協業段階においても、壁にぶつかった際には、課題解決も一緒に行います。例えば、優れた材料を持つ欧州のベンチャー企業と契約して試作まで作ってはみたものの、求めるパフォーマンスが十分に得られなかった際には、材料のライセンスを受けたうえで国内中小企業を見つけて製造してもらうアレンジをする、といった具合です。
このような活動を効果的に行う上では、自らがオープンイノベーションを実践した経験があるか、少なくとも、推進者としての支援経験を持つことが重要なります。また、社内全体の開発プロジェクトを把握し、幅広い技術と接した経験を持つことも、そして英語の語学力も不可欠となります。ある程度幅広い技術の知見があれば、その後は、やればやっただけ広がっていくのです。
ここまでシリーズ5回に渡って、オープンイノベーション推進者の役割についてご紹介してきましたが、優れたオープンイノベーション推進者に共通する考え方があります。
それは、「オープンイノベーションは3割成功すれば上出来。思い通りに進まないことを実践しながらどんどん改良していく『旅』を楽しむことが重要」なのです。
このような前向きな姿勢が、オープンイノベーション推進者に求められる最も重要な資質と言えるでしょう。