世界的な食品メーカーである米国・モンデリーズ社のオープンイノベーション取り組みについて、前回は講演の前半部分を紹介しました。同社最終回のでは、後半部分にお話いたいだいた企業文化を変革するときのポイントや、実際にオープンイノベーションを通じた製品化の事例をレポートします。
パワー・クエスチョンによる社内文化の変革
<参加者C(材料メーカー幹部)からの質問>
企業文化を醸成することが重要なことはよく分かりました。ただ、このような取り組みはとても大がかりで、成功するかどうか分からない上に、時間もかかるのではないでしょうか?
<Abraham氏>
おっしゃる通り、企業文化の醸成には時間がかかります。いま参加いただいている皆さんの会社と同じようにモンデリーズも大型船のようなものであり、方向性を変えるのは容易ではありません。ただ先に述べたように「オープンイノベーションは社内の研究員を社外の人材で代替する活動ではない」ということを積極的に伝え続けることが大切です。
さらにオープンイノベーションを推進するといっても、すべてのプロジェクトを外部と協業して行う必要はありません。自社技術と外部技術を比較し、外部技術を使う方が開発上メリットである場合は外部を選択し、社内で完結して開発を進めた方がよい場合は自社開発を進める判断も必要です。
個々の研究者が何か新しい問題に直面したとき、自分たちの知見と外部の知見を収集し、比較と判断をする習慣を身に付けることが重要なのです。
このようなオープンイノベーションの正しい企業文化を浸透させるために、モンデリーズでは開発テーマに関する会議の初めに、必ずマネジメント層が「自分たち以外にこの技術課題を解決できる人はいるか」「いる場合、そうした人たちのナレッジへのアクセスをトライしたか」といった質問を行うことにしました。
マネジメント層の質問をパワー・クエスチョンとして定型化し、必ず質問することにより社内の思考方法を変えていくことは、企業文化の醸成にはとても効果があります。マネジメント層が長期にわたって同じ質問を繰り返し行うことで、開発者も「あのポイントはまた聞かれるぞ」という意識が根付くからです。
最終的にはパワー・クエスチョンをカードに印刷して、社内に配布をしました。企業文化を定着させるには、このような日々の活動から変えていくことが最も近道と考えています。
成功事例を共有することの意味
<Abraham氏>
必要に応じて、他社のサクセスストーリーを伝えることも効果があります。サクセスストーリーは社内の事例ではなくても、必ずしもすべてが事実でなくても構いません。重要なことは、社内の人々に理解しやすい「オープンイノベーションを用いて成功した事例やストーリー」が共有されていることです。
モンデリーズでも、オープンイノベーションの推進にあたって「自社の技術で解決できる事柄を見落とす」「最初にみつけた解決策保有者に短絡的に飛びついて、よりよいパートナーを見落とす」など、起こりがちな落とし穴を経験してきました。
しかし、そうした失敗を整理し社内で共有し、業務や手順を改善した結果、社内の誰もが適切にオープンイノベーションのプロセスを進められる、さまざまな仕組みを作ることに成功しました。
例えば、オープンイノベーションを開始した直後には、社内で「オープンイノベーションフィーバー」が生じ、自社の技術を顧みることなく何でも外部と協業しようという進め方になりがちです。しかし、オープンイノベーションは「よりよい製品を、より早く届けること」が目的です。先に述べた通り、必ずしもすべての技術開発でオープンイノベーションを利用する必要はありません。
モンデリーズではこうしたオープンイノベーションのプロセスを効率的かつ正確に進めるために、新たな体制を整えました。
ビジネスの方向性を決める手助けをして各部署間の交流をスムーズにする「スポンサー」、オープンイノベーションの方向性の策定や推進を担う「チャンピオン」、各プロジェクトで外部との協業に関連する部分を担う「アライアンスマネジャー」を部門内に配置したのです。
このような役割を持った社内の専門家を育成し、各部門へ配置することで、社内のオープンイノベーション活動はとても円滑に進むようになりました。
<参加者D(インフラ関連メーカー幹部)からの質問>
外部と協業の結果を最大化する、中立的な立場の「アライアンスマネジャー」には、どのような人材が適していますか?
<Abraham氏>
「アライアンスマネジャー」は、特に技術とビジネスの双方に知見のある人物が適しています。協業パートナー次第で、開発の時間軸や成功の評価軸は異なってくるため、それらを理解しながらWin-Winの関係を構築できる人材が好ましいといえるでしょう。
モンデリーズにおけるオープンイノベーションによる製品化事例
<参加者E(自動車関連メーカー幹部)からの質問>
モンデリーズでオープンイノベーション活動を通じて得られた具体的な成果には、どのようなものがあるのでしょうか?
<Abraham氏>
モンデリーズでは新たな減塩技術を活用した製品の開発や、ボッシュ社やブリタ社などと協力したコーヒーメーカーの開発などに取り組んだ実例があります。
後者のコーヒーメーカーはモンデリーズが株式の一部を保有するTassimo社のコーヒー事業の事例ですが、ボッシュ社のコーヒーメーカーの技術と、モンデリーズの持つKencoというコーヒーの原料技術やブランドの融合で実現しました。
この事例の特徴的な点は、サプライチェーンや販売まで含めてオープンイノベーションの効果が発揮された点です。これまでKencoブランドのコーヒーはスーパーマーケットだけで販売してきましたが、この協業によって、家電売り場でも販売できるようになりました。
<参加者F(エレクトロニクスメーカー幹部)からの質問>
研究の中には、成功率が低く他と比較して長期的な研究テーマもあれば、成功率が高く短期的な開発テーマもあります。基礎研究では長期的な研究が必要になり、成果に結びつきにくい一方、従来の人事評価制度では、このような結果の出ていないチャレンジを評価することは困難です。研究のリスクを負うことを、どのようにして公平に評価していますか?
<Abraham氏>
基礎研究の場合は、最終的な結果だけで評価することはありません。成果までつながる確率という点では、短期的な開発テーマと比較して正当に評価することは難しくなります。その上、実際に成果が出るまでに非常に長い期間がかかるため、その間の成果をどう評価するか定義できません。
そこで基礎研究については、正しい方向性でアプローチをしているかどうかという視点で評価しています。例えば「正しくマイルストーンを設定しているか」「各フェーズにおいてトライアル&エラーのプロセスを正常に進めているか」「難しいことに取り組んでいるか」という視点です。
このようなアプローチが正しければ、最終的に失敗しても高い評価を与えています。
<参加者F(エレクトロニクスメーカー幹部)からの質問>
電機業界は技術とビジネスモデルが刻一刻と変化し、自社技術の強みがなくなるまでの期限が早くなりました。このような業界にも、オープンイノベーションを進めることは意味があると考えていますか?
<Abraham氏>
ご指摘いただいたような方向性が定まらない場合こそ、パートナーシップやオープンイノベーションが必要になると考えます。自社だけですべての知識を持つことは最初からできません。したがって、外部の知識や技術の活用が重要になるからです。
オープンイノベーションの実践には多くの困難がともないます。どんな局面でも効果をもたらしてくれる万能ツールではありません。時には社内のリソースを上手に使いこなす方が、メリットを享受できるときもあります。
オープンイノベーションの効果や特徴を正確に理解し、社内で共有し、適切な人材に適切な役割を与え、失敗しながら少しずつ動かしていく行動自体が重要です。有機的に組織や制度が回り始めると、オープンイノベーションは非常に大きな効果をもたらしてくれるようになります。
以上が、Todd Abraham氏の講演とディスカッションの内容です。オープンイノベーションの浸透のために、モンデリーズでは企業文化の醸成に力点を置いて取り組んできたこと、企業文化は意外と小さな日常的な工夫から変えていくことができるというメッセージがとても印象的でした。
2社目、モンデリーズについては以上となります。次回はシーメンスにおける将来に向けた研究開発テーマの策定について、Head of Corporate TechnologyのHelmut Wenisch氏の講演内容を取り上げます。