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オープンイノベーション実践者との対談(第8回)
味の素株式会社 常務執行役員
イノベーション研究所長
加藤 敏久

うまみ調味料を代表する「食品」をはじめ、「バイオ・ファイン」「医薬・健康」など、
幅広い分野で事業を展開する、味の素株式会社。
その活躍の舞台は、日本にとどまることなく世界に広がっている。
世界の食を支える味の素のR&Dとは。
その躍進の鍵を、同社のイノベーション研究所長を務める常務執行役員の加藤敏久氏に伺った。

新事業を生み出す研究開発力
原動力は選択と集中、事業の透明化

諏訪日本の食品業界は保守的で変化も緩やかなイメージですが、グローバルな視点でみると、世界の食品業界は大きな変化を遂げているように感じます。
まずは、グローバルに展開されている御社のR&Dを取り巻く事業環境について、教えていただけますか?

加藤これまで当社のR&Dは、他社と比べても、自由な研究ができる恵まれた環境にありました。特に、昔の中央研究所、現在、私が所長を務めるイノベーション研究所がまさにそうなのですが、研究者が色々な種を自分で見つけては、これまで様々な新事業を生み出してきた歴史があるからです。

諏訪例えば、これまでにどのような研究が実を結んできましたか?

加藤この2、3年で注目を浴びている「アミノインデックス®」という解析サービスや、乳牛の飼料用アミノ酸事業などは、明確なR&Dとしての成果です。

諏訪「アミノインデックス®」とは、血液中のアミノ酸濃度を測定できる技術で、微量の血液で健康状態や病気の可能性が明らかになる解析サービスですよね。
乳牛用の飼料事業においては、どのような成果をあげているのでしょうか?

加藤乳業用の飼料にリジンというアミノ酸を混ぜるのですが、鳥や豚と違って牛は第一胃が発酵槽のようなものなので、胃の中で菌がアミノ酸を全て分解してしまうのです。

諏訪それではいくら食べさせても期待する効果が得られないですね。

加藤そう。そこで、第1胃で壊れないまま十分な量のリジンを小腸まで届けて栄養にできる「AjiPro™-L」を開発したのです。

諏訪「AjiPro™-L」の開発で飼料の効率が高まるとなると、世界の食糧問題に寄与できる可能性も高まりますね。

加藤そうですね。このように味の素では、事業に結びつく研究をこれまで続けてきましたが、グローバル規模での競争が激しくなった今、会社自体に20年、30年前のような余裕がなくなってくると、経営から見たR&Dの事業への結びつきをより見えやすいものにしたい、という要望が高まってきたのです。

諏訪御社での研究は、すでに様々な事業に結びついている印象がありますが、事業への結びつきをもっと強くしたい、ということですか?

加藤そうです。そこで、今から3~4年くらい前に、研究をさらに事業に結びつけるための「R&Dプロジェクト」を発足し、研究のあり方について見直を図りました。

諏訪どのように改善されたのですか?

加藤プロジェクトを発足した当時は、研究所が10カ所ほどあったのですが、各事業と結びつく形で大ぐくりにし、本社の研究開発企画部が全体を取りまとめる形で、研究所の組織を再編しました。
この大幅な再編によって、経営から見て、研究所で何が行われているのかがよくわかるようになったのです。

諏訪つまり、御社の3つの事業、「食」「バイオ・ファイン」「医薬・健康」に応じた研究所へと再編したのですね。

加藤ええ。各事業に共通する基礎研究を担う「イノベーション研究所」、食全般に関わる「食品研究所」、そしてアミノ酸の生産と利用開発を行う「バイオ・ファイン研究所」、創薬研究を担う「医薬研究所」です。医薬事業は2年ほど前に味の素製薬として子会社化されましたので、味の素本体の研究所としては、医薬研究所を除く3カ所ですね。

諏訪ということは、基礎研究を担うイノベーション研究所以外は、事業部門と1対1の関係にしたわけですね。

加藤まさにその通りです。この再編によって、将来の成長領域を支える事業を「全社戦略テーマ」という形でくくり、9つに整理・重点化しました。

諏訪逆に言うと、これらに属さないテーマは無い、ということですか? 実に大胆な選択と集中ですね。

加藤もちろん、当初はこれら9つのテーマに属さないものもありましたが、途中でテーマを打ち切ったり整理したりすることで、徐々に9つのテーマに絞り込んでいったわけです。つまり、事業環境の変化に対して、R&Dとしては、より経営が見てわかるように、事業と密接に繋がる全社戦略テーマを明確にしたのです。

諏訪昨今の競争環境を考えると、このくらい大胆にトップダウンでテーマを絞り込み、“強み”のある技術を創ったり、強化したりするほうが良いのですね。
でも、御社の研究者の数から考えると、テーマが9つだと、1つのテーマであってもかなり多くの研究者が関わっている計算になりますね。テーマというよりも、認識としては9つの「重点成長領域」というイメージで考えればよろしいでしょうか?

加藤そうですね。1テーマ40~50人で、その中にサブテーマがありますから、「重点成長領域」という言葉が近いです。それぞれのテーマに関わる人数が多いので、各テーマに部長級のリーダーを置いてマネージしています。

諏訪経営に直結するような大きなテーマを引っ張るためには、強力なリーダーシップが必要なんですね。

加藤そうです。これ以外にも、将来の事業を支える「未来研究テーマ」をはじめ、全社共通の技術を支える「共通技術テーマ」では、菌株管理や分析技術などもテーマに設定しています。

諏訪「全社戦略テーマ」「未来研究テーマ」「共通技術テーマ」の3種類ですね。

加藤そう。その3種類のテーマに研究開発費全体の4割を充て、残りの6割の開発費を今の事業に関わる「事業部テーマ」に充てています。

諏訪これほど大胆にテーマを絞り込んでいくと、これまで自由にやっていた研究者の方々から、反発など起こりませんでしたか?

加藤特にイノベーション研究所は、自由な環境で研究に携わる風土が根付いていましたから、反発というより不安な気持ちになった研究者はたくさんいたように思います。

諏訪不安を解消するために、どのようなことをされたのですか?

加藤私の前任のイノベーション研究所長が研究者に何度も説明し、一人一人の理解を得てこられたお陰で、特に大きな混乱はありませんでした。こうした前任者の功績は非常に大きいと思っています。

諏訪自由な風土は今でも残っているのですか?

加藤「未来研究」というテーマがそうした自由な風土を受け継いでいます。またイノベーション研究所所員は、本来のテーマとは別に勤務時間の内15%を、自由研究に充ててもよいということにしています。割合としては全体の1割程度のカテゴリーの研究ですが、経営者としても「そこは絶対に死守しよう」と理解を示してくれています。

諏訪つまり、何でもかんでも選択と集中ではなく、それぞれの役割を明確にし、役割に合わせた研究開発のスタイルに特化した、ということですね。

加藤その通りです。この15%の時間は自由に研究をしていいというルールですが、単に言っているだけでは研究者も自由に動けないので、ちゃんとテーマを設定し、企画部門に説明して承認が下りれば、多少の研究予算をつけることも始めています。
自由研究を開始した当初は、申請もそれほどありませんでしたが、最近少しずつ増えてきて、いいことだなと思っています。

諏訪そうした自由な発想を育む風土や意識が定着し始めてきたということですね。

加藤ええ。面白いなと思ったのが、「1テーマ分の自由研究の予算では足りない」というので、全く違う分野の仲間が5人集まって、5倍の予算で1つのテーマを研究させてほしい、という申請もありました。

諏訪社内のコラボレーションを促す効果があったわけですね。

加藤そうです。昔は研究所内のテーマが細分化されていたので、お互い何をやっているのかが解りづらかったのですが、テーマを大ぐくりに再編したことも功を奏し、3つの研究所の情報交換が進んだことで、お互いに何をやっているのかがわかるようになってきました。

 

多様な消費者ニーズへの対応力と
差別化を可能にする味の素の戦略

諏訪BtoBの世界では、お客様の購入に関する意思決定が論理的なので、先ほどのお話にもあったトップダウンでのテーマ設定がうまくマッチするように思いますが、食品に当てはめて考えると消費者が相手なので、将来のニーズをとらえるテーマ設定が難しいように思えるのですが、その点はいかがですか?

加藤食品などの消費者向けのテーマは、今の事業で関わる「事業部テーマ」という位置付けになります。事業内容としては、会社特有の基本的組成がある商品を、卸やスーパー向けに特長を加え、変化をつけた「留型商品」の開発が多いですね。

諏訪そういう商品を留型商品と呼ぶのですね。御社の場合、かなりグローバルに事業展開をされていますから、全世界で留型商品の開発を進めているのですか?

加藤いいえ。いきなり冷凍食品などの開発には進まず、まずは段階を踏んで展開しています。特に、東南アジアで成功しているグローバル展開には、決まったパターンがありますね。

諏訪どんなパターンで展開しているのですか?

加藤最初に、MSG(グルタミン酸ナトリウム)を売るわけです。MSGが売れていくと、その地域の食生活レベルが少しずつ向上していきます。すると次に、我々が風味調味料と呼んでいる「だし」のようなものが売れ始め、さらに発展していくと、メニュー用の調味料、日本でいう「クックドゥー」のような、食材と合わせると料理ができあがる商品が売れていきます。そして、スープや冷凍食品などに続きます。
地域を拡大しながら、付加価値の高いものを徐々に作り販売していく、というモデルです。

諏訪まずは、一番手頃な調味料から入ってブランドを築き、現地の人々と一緒に成長していく、という意味では理想的なモデルですね。これも、「うまみ」の文化という共通点があるから成功するのでしょうか?

加藤そうですね。ただし、すべての国に当てはまるわけではありません。
例えば、インドはスパイスの文化ですし、アメリカ・ヨーロッパはチーズや肉など、MSGを豊富に含んだ料理を食べる習慣がすでにありますから、東南アジアと同じようにはいきません。そこで、それぞれの土地に応じて、商品の研究をして創って売る、というスタイルへと変えています。

諏訪自社の基本的組成がある商品を改良して横展開する、という発想だけだと限界があるので、現地のニーズを出発点とした開発も強化しているのですね。
しかし、ニーズに対応するだけだと、地元企業に優位性があるようにも思えるのですが…。MSG同様に、基礎技術を強みに、海外で勝負しているということですか?

加藤そうですね。食品分野においても、もちろん基礎技術の研究を進めています。
例えば、舌のレセプター(味覚を感じる部分)に関する基礎研究がまさにそうです。我々の研究によって舌の分子構造が分かってきたので、その分子構造に合う素材をコンピューターがデザインして創ることもできるようになってきました。

諏訪直接レセプターに働きかけるようなモノを設計するとなると、食品の開発というよりは、むしろ製薬会社が新薬を開発するアプローチに似ていますね。

加藤実際、そういう方法で商品化まで進んでいるものもあるんですよ。

諏訪そうなんですか! これまで以上の減塩、低カロリーなど、大きなブレークスルーがまだまだありそうですね。

加藤まさに、そうした基礎的な研究を「イノベーション研究所」が担い、そこで創られた素材を「食品研究所」がうまく利用して商品化へと導いているのです。
昔は、食品開発といえば「混ぜる」という基本的なパターンに限られていましたが、今は研究にも事業にも非常に幅が出てきているんです。

諏訪研究所同士の連携も進んだことで、さらなる発展に期待できる分野ですね。

 

オープン・イノベーションを成功に導く
テーマ選び・推進体制・コミュニケーション

諏訪リソースは大きく変えずに事業や研究の幅を拡げるとなると、一般的に開発体制が脆弱になり、開発スピードが遅れがちになりますよね。
それに対応するのが、先ほどお話をされた大胆な選択と集中、そして御社が最近力を入れてらっしゃる「オープン・イノベーション」なのですか?

加藤まさに、その通りです。

諏訪海外を例に見ても、食品業界は、ユニリーバ、Kraft(現Mondelez)のような超大手をはじめ、中堅飲料・製菓・冷凍食品メーカーまで、オープン・イノベーションに積極的な会社が多いですよね。その理由は、売上に対するR&D費比率が1%前後と実に少ないため、よりイノベーティブな商品開発をしようとした時に、外部を活用せざるを得ない環境にあるためです。
しかし、御社の場合は3%以上ですから…。

加藤3.6%です。よくご存じで。

諏訪ええ。医薬の事業を除いても2%以上、普通の食品メーカーの倍以上ありますよね。以前から、R&Dに力を入れている会社だなと注目しておりました。
もちろん、御社のような研究開発組織が強固な企業でも、その強みを一層強化する上で、オープン・イノベーションは有効に機能しますが、外部の組織と研究開発を進めることに抵抗はありませんでしたか? オープン・イノベーションを進めるにあたって、企業風土をいかに醸成してきたのか、これまでに工夫してこられた点などあれば教えてください。

加藤もともと当社は、東京大学からいただいた「うまみ」の技術をもとに創業した会社です。そのため、大学との共同研究をこれまで数多く進めてきた経緯もあり、それほどの抵抗はありませんでした。現在でも、年間400件くらいの産学連携は行っていますから、もともとそうしたDNAが根付いているのでしょうね。
しかし、弊社社長の伊藤が、オープン・イノベーションを推進し始めた2~3年前からは、大学との連携から、企業との共同開発へと軸足をシフトしています。
しかし、他の企業との連携となると、大学との研究開発以上にトップダウンで進めていくことが非常に重要ですから、私自身オープン・イノベーション担当として指揮を執っていますよ。

諏訪オープン・イノベーションは、組織間のアライアンスというトップダウンの意思決定が必要ですから、海外では担当役員を置く企業が多いのも事実です。しかし、御社のような考え方は、国内ではかなり先鋭的ですよ。

加藤そうかもしれません。オープン・イノベーション活動を推進するためにも、私のもとに、啓蒙からプロジェクトまで一連の流れをサポートする精鋭を集め、研究所にもキーパーソンを置いています。また、社外の新しい協業先を特定する上で、御社にもお手伝いをお願いしておりますからね。

諏訪大変お世話になっております。(笑)
経営がそのような体制を敷いてコミットすると、現場も真剣に取り組もうという意識になりますね。

加藤体制に加え、研究者に伝えるメッセージも重要です。お互いの役割が明確に異なる産学連携と違い、企業との共同開発は、ややもすると、役割が重複してしまうこともありますから。

諏訪そこはとても重要なポイントです。御社で研究者を集めてオープン・イノベーションの講演会をされた際も、加藤さん自ら、「なぜ必要なのか」「どういう領域での活用を期待しているのか」など、ご自身の考えを積極的に語りかけていらっしゃいましたね。企業の役員の方がそこまでされることは、国内ではあまりないことなので驚きました。

加藤オープン・イノベーションというのは、もっと深い能力を築くために行うもので、外部の技術の目利きをする必要もあるし、相手に組みたいと思ってもらうためには、こちらがコアの深い技術を持っていることが望ましいので、研究者は要らなくなるどころか、ますます重要になると、研究者達に繰り返し話しています。

諏訪伊藤社長も対外的に発表される年頭の挨拶で、2年連続で「オープン・イノベーション」を明言されています。また、昨年7月の日経新聞の「日本を始めよう」というコラムでは、「技術交流の盛んな日本を始めよう」というメッセージを掲げ、東レ、花王、ブリヂストンとの「オープン・イノベーション」の事例を挙げ、御社が「オープン・イノベーション」に舵を切ったことを宣言されるなど、コミュニケーションを徹底されていますね。

加藤ええ。社長が宣言し、担当常務がそのような思想を持っていることを積極的に情報発信し、さらに推進スタッフも言って…とコミュニケーションを徹底しているので、社内でも少しずつ信用が高まっているのではないかと思います。

諏訪体制ももちろんですが、一貫したコミュニケーションも重要ですね。

加藤もちろんそうです。

オープン・イノベーションを成功へと導く鍵は
テーマ選定とトップの決断───そして社員の熱意

諏訪ここからは、「オープン・イノベーション活動」の中身についてお伺いします。
御社とお付き合いをさせていただき感じたのは、かなり骨太の重点テーマを選択し、実践されているので、双方に熱意があるということです。だからこそ、必然的に成功確率が高くなることも実感しました。オープン・イノベーションを成功に導いた背景としては、重点領域を明確にしたことと、事業を意識した企業間の連携にはトップダウンでテーマを選ぶべきだという考えが、皆さんの中にあったからですか?

加藤まさにその通りです。

諏訪そのほうが提携交渉の段階で多少苦戦したとしても、結果的には乗り越えることができますからね。

加藤オープン・イノベーションは互いの会社の研究者同士で意気投合しても、事業部や知財・法務が入っていくうちに、揉めることが少なくありません。
しかし当社の場合、海外でオープン・イノベーションの成功例を数多く勉強してきたメンバーがいるため、やり取りの経験が豊富だったこともうまくいった要因の一つでしょう。
また、知財関係が昔からとてもしっかりしている点も、非常に助けられました。

諏訪そうした環境が整っていると、研究者もオープン・イノベーションに取り組みやすいですね。

加藤もちろん、オープン・イノベーションを推進するスタッフの役割も重要です。ナインシグマの主催する「日本オープン・イノベーション・フォーラム」やアメリカのカリフォルニア大学バークレー校のチェスブロー教授が主宰している「バークレー・インフォーメーション・フォーラム」にメンバーを送り、他社の研究者と意見交換をするなど、オープン・イノベーションを効果的に進めるための理解を深める努力をしてまいりました。
こうした活動は、1人1回ずつ参加すればよいのではなく、継続して経験を積ませるべきだと考えています。良いスタッフに恵まれたお陰で、オープン・イノベーション活動をここまでうまく進めることができたと、感謝しています。

 

さらなる技術の発展を目指すため
今、外部に求める技術領域とは

諏訪「オープン・イノベーション」にも関わることですが、さらなる今後、外部組織と積極的に組んでいきたい技術領域はありますか?

加藤やはり先端バイオ関係です。当社は「CORYNEX®」という、菌体からタンパク質を外に取り出す分泌生産技術を持っており、製薬会社などから業務の受託を受ける、いわゆるCRO(Contracted Research Organization:受託研究組織)として活動しています。
少し前にアルテア・テクノロジーズ社というバイオの会社を買収したのですが、ここは、バイオ医薬品の前臨床薬製造、治験薬製造から商業生産まで手掛ける、CDMO(Contracted Development and Manufacturing Organization:開発・製造受託会社)で、これにより、当社では、タンパクの抽出から製品化まで、一貫して行えるようになりました。
このようなバイオ薬品の製造プロセスの補完技術を持った組織や、他のCRO的な製法開発技術を持った組織との業務提携を、今後さらに拡げていきたいと考えています。

諏訪バイオ関係以外ではどんな領域がありますか?

加藤フィルムなどの電子材料の事業があるのですが、パソコンなどの市場が昔のように成長することは期待できないので、当社の材料を使って、非常に特殊な能力を持ったフィルムや、圧電センサー等を開発していきたいと考えています。

諏訪貴社の特殊技術をもとに、一緒にデバイスなどを開発してくれるパートナーが必要だということですね。

加藤その通りです。特にスマートライフといった生活分野や、発電システム、車載用デバイス等の分野で、当社のアミノ酸ポリマーなどの高機能素材を活用して、ともに事業化を目指すパートナーを求めています。
また、最近バイオ医薬が成長しているので、味の素の持つバイオ医薬品製造用培地の事業を伸ばす技術を持った企業とも、一緒に組みたいと考えています。
最近ですと、ジェネクシンという韓国の会社を買収し、アジア最大の培地の消費地である韓国に、生産・販売拠点を確保したので環境も整っています。

アミノ酸に特化した基礎研究
「味の素」が求める人材とは

諏訪最後に、御社での活躍が期待される「人材」について教えてください。

加藤やはり、研究能力の高い人材は今後ももっと必要です。
昔は、大学の先生とお付き合いをする中で、先生が研究室の4年生やマスターの2年生を推薦してくれたのですが、先生が資質を良く見抜いてくださるので、推薦していただいた人材は大抵当社に合っている上、研究能力の高い人材が多くいました。
しかし今は、インターネットで人材を広く募集して、限られた時間での面接となるので、ついつい、声が大きくてはきはきと話をする秀才タイプが、結果的に多く選ばれる傾向にあります。
もちろん、工場の開発現場では、そうした活発な性格の人材も必要不可欠なのですが、基礎研究となると少し違います。ちょっと変わっていて、何も話をしなかったり無愛想だったりするタイプのほうが、研究能力を大いに発揮してくれることがあるのです。そういう意味での、研究能力の高い人材をもっと採用していきたいと思っています。

諏訪御社の研究開発の利点や魅力についても教えてください。

加藤やはりアミノ酸に強い、ということだと思います。生命の根源物質の6割が水で2割がアミノ酸ですから、アミノ酸の研究はペプチド・タンパク質も含め、領域的に広がりがあり、今後の可能性にも大いに期待が持てます。その点は研究者にとって大きな魅力だと考えています。

諏訪技術領域的にインパクトが大きい上、バイオの領域はまだまだ未解明の部分が多いですからね。私としても、今後もっと発展してもらいたい領域だと考えています。

加藤それと、先が見えにくい時代においても、食品事業というのは比較的安定していているので、しっかり腰を据えて研究開発できる点も魅力だと感じています。

諏訪確かに、エレクトロニクスの一部の領域のように、急成長したかと思えば、これ以上の技術が求められなくなってしまった途端、事業を縮小してしまうようでは、研究に専念できませんからね。また一から研究を始めたとしても、差別化した強い技術はそうそう生み出せませんし。
その点、御社の場合は、スピードは求められるかもしれませんが、会社として重点領域が明確で、テーマもさほど変わらないので、じっくりと研究開発に取り組むことができますね。

加藤そう、それは当社の研究開発の大きな魅力です。さらに言うと、会社の事業として環境に優しいという点も、大きな魅力かもしれません。
発酵アミノ酸などを作る過程でできる副生成物は、窒素分が多くて良い肥料になるし、葉っぱにかけるとウイルスを寄せ付けないというデータも出ていますから。つまり、廃棄物があまり出ないのです。そういう絵をバイオサイクルと呼んでいます。

諏訪世界の人口が今後90億人にまで増加すると言われている中で、資源の効率利用や廃棄物の低減はより重要な課題でもありますね。この辺りの効率をまだまだ高める余地はあって、逆に高めないと地球全体が回っていかないですよね。御社は以前から原料の確保や、収率を向上するといった分野にも力を入れてこられたので、そういった分野をさらに極められる点は、研究者にとって非常に大きな魅力ですね。

加藤まさにそうです。そういうことにセンシティブな方にも合う会社じゃないかと思っています。

諏訪最近は学生のうちからNPOで働くなど、環境問題への意識が高い学生さんも増えていますからね。

加藤当社は、グローバルに事業展開をしていますから、BOP(Base of the Pyramid:最も収入が低い所得層の世界約40億人)を対象としたビジネスなどをアクティブに推進したい人にも、ぜひ来てほしいと考えています。

諏訪技術がしっかりわかる人が現地に行って、日本の研究所やマネジメント層としっかりコミュニケーションが取れないと、本当に必要な開発は難しいですよね。

加藤そういうところでやっていける人って素質ですから。

諏訪やはり素質ですか?

加藤最近ではグローバル人材という言葉をよく聞きますが、英語ができなくても、現地で一所懸命コミュニケーションを取って理解を深め、何が必要かを伝えられる人こそが、グローバル人材なんだと思うのです。そもそもBOP地域の多くは英語圏でもないですからね。

諏訪最近は、グローバル人材という定義が実にあいまいな言葉で語られることが多いのですが、世界で広く活躍する御社だからこそ、語学能力だけでなく、本当の意味でのグローバルな発想を持った人材が、今後もっと必要なんですね。まさに、今の日本にもっと必要な人材ともいえます。本日は貴重なお話をありがとうございました。

加藤こちらこそありがとうございました。

(2013年7月26日)
PROFILE: 加藤 敏久(かとう としひさ)

1978年3月 京都大学大学院工学研究科 合成化学専攻 修了
1978年4月 味の素株式会社 入社
2007年7月 執行役員
2011年6月 常務執行役員(現任)
オープンイノベーション担当(現任)
2013年7月 イノベーション研究所長(現任)