NINESIGMA TOP > 研究開発TOPとの対談 > 第7回 日本電信電話株式会社(NTT) 常務取締役 研究企画部門長 篠原 弘道

日本電信電話株式会社(NTT)

常務取締役 研究企画部門長 篠原 弘道

第7回のゲストにお越しいただいたのは、日本電信電話株式会社(NTT)のNTT研究所で、常務取締役・研究企画部門長を務める篠原弘道氏。
グループ全体の通信および周辺技術の基礎・応用研究を担う研究所として、約2500人の研究者を率いる篠原氏に、ICT業界を取り巻く環境の変化、そして、多様なニーズに応えるための研究開発について伺いました。
「オープン・イノベーション」を通じて見みえてきた、NTTの未来とは。

諏訪本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。
2500人もの研究者を抱える巨大組織のNTTが、どういう考えの下でR&Dを運営されているのか、社外の方にはなかなかイメージできないと思います。
本日は、ホームページなどで一般に広く公開されている情報に加え、より具体的なお話をお伺いできればと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

篠原こちらこそ、よろしくお願いします。

プロバイダーからバリューパートナーへ
スピードと多様化に対応するための「発想の転換」


諏訪早速ですが、ICT(Information and Communication Technology)業界は、他と比べても環境の変化がとりわけ激しいように見受けられます。そうした急激な変化を御社ではどのように捉えていますか?

篠原現在、我々のような業界は「ICT」と呼ばれていますが、以前は「情報通信」、そのもっと以前は「電気通信」という言葉で表されていました。「電気通信」の時代は情報をAさんからBさんまで届けることが最大の使命でしたから、「どんな情報をいかに届けるか」が、通信事業者の主な活動でした。
ところが、「情報通信」になると、人と人だけではなく、例えばコンピューターと人、コンピューター対コンピューターのやりとりまでに対象が広がった。さらに「ICT」においては、例えば「情報通信を使って、その上で医療活動をする」というように、事業の対象があらゆる業界へと拡大しています。これがまず一つ目の大きな変化です。

諏訪なるほど。コミュニケーションの対象も中身も大きく多様化しているということですね。

篠原そうです。それに伴い、当然、研究開発にも変化が求められるようになりました。以前は、「通信」にこだわり、交換技術や電線技術などの研究が主でしたが、今は「通信」があくまで手段の一つになり、他の分野の情報やサービスと組み合わせることで、新たな発想を生むための活動へと変化していったのです。まさに「クラウド」がその好例です。クラウド上の様々なサービスと通信を組み合わせることで、初めてお客様と触れ合えるようになりましたから。研究開発の側面からみると、対象とする技術分野の裾野がずいぶん広がってきたというのが、二つ目の変化です。

諏訪感覚的にはどのくらい広がったと感じていますか?

篠原ICTの技術としてはおそらく2倍~3倍くらいまで広がっていると思います。ただし、分野をまたぐことによって必要となる技術まで含めるのであれば、10倍、いやさらに20倍にはなるでしょうね。

諏訪他の業界に比べ、カバーすべき領域の裾野が実に広いですね。

篠原おっしゃる通りです。その上、これまでとは全く異なるスピードも求められています。電電公社の頃は、「すべてのお客さまに電話を使ってもらう」という社会的使命を背負い、5年をひとくくりとした計画を何次も重ねるという、長期的な視野に立った事業活動が中心でした。ところが今では、非常に速いスピードで社会が変化している。これが三つ目の変化です。

諏訪どのくらい速くなったという感覚ですか?

篠原それはもう、何十倍と速くなっています。

諏訪裾野が広がったうえにスピードも格段に速くなったとなると、研究開発としては、これまでとはずいぶん異なる動き方が求められますね。

篠原ええ。そうした事業環境の変化に対して、全てを自分たちだけの力で進めることに限界を感じています。

諏訪具体的な例を教えて頂けませんか?

篠原「ICTを使った医療活動」を例に挙げてご説明すると、我々は医療の専門家ではありませんから、情報通信の技術とお医者様の持つ医療知識を組み合わせなければ、医療へのアプローチは成立しません。スピード感を高めながら異分野との連携を進めていくには、自前主義に頼っていては、時代の流れについていけませんから。時間を買うという意味でも、他社との差別化を図るという意味でも、外部と組むことは非常に重要だと思っています。

諏訪つまり、「オープン・イノベーション」が必然となったわけですね。

篠原そう。ただし、研究開発というのはあまり広く浅くやっていても仕方がないので、「しっかり掘り下げる部分」と「よその力を借りる部分」の線引きがとても重要です。
また、事業範囲の拡大に伴い、「品質や信頼性の幅が広がった」ことも、四つ目の変化です。
かつての我々は、全てにおいて「信頼性と品質の高さ」を追い求める、いわば満点主義でした。もちろん今でも、110番や119番など緊急を要する回線が不通になるという事態を招かないよう、信頼性と品質の維持には努めています。
しかし一方で、アプリケーションによっては、ベータ版でたとえ80点の完成度であっても、まずは使えればいいという前提で、提供しているサービスも存在しています。

諏訪完成度はそこそこであっても、サービスとして一早く提供したいという意味ですか?

篠原もちろん早さもポイントですが、それ以上に、実際にお客様に使っていただきながら、「改善すべき点をお客様に教えていただく」という狙いがあるからです。

諏訪顧客とやりとりをしながら、インタラクティブに創り込んでいくという考え方ですね。

篠原そう。これこそが五つ目の変化で、我々にとっては最も大きな変化と言えます。
我々のような電気通信事業者は、かつて「コミュニケーション・プロバイダー」とも呼ばれていて、「プロバイダー(提供者)」が提供するモノを決めるという発想が強かったのです。

諏訪「コミュニケーション・プロバイダー」という言葉自体にも、そうした意味合いが強く表れていますよね。

篠原ただ新しいものを提供していればいいという時代は良かったのですが、今はそうではありません。昨年11月に弊社の鵜浦社長が新しい中期経営戦略を発表した際、「プロバイダーからバリューパートナーになろう」と提案したように、提供者側に立つのではなく、お客様とともに価値を創り上げるパートナーであることが、今は求められているのです。

諏訪そういう発想で、研究開発も進めていくということですか?

篠原はい。研究開発に置き換えて考えると、物性のような基礎に近い研究分野においては、これまでのように、研究の大きな流れを見ながら、自分たちで方向性を定めることが必要です。しかし、お客様との距離が近いサービス分野においては、我々が一方的にサービスを提供するのではなく、「まだ未完成ですがこんなものでどうでしょうか?」と、ベータ版をまずお客様に使っていただいて、フィードバックをもらいながら、完成形に近づけることが大切なのです。

諏訪同じ社内の研究者でも、研究分野によって考え方を180度変えないといけないのですね。

篠原そうなんです。我々には、これまでお客様に品質も性能もより完璧なものを提供してきた自負がありますから、社内にはそもそも完璧を求めるタイプの人間が多い。そのため、「70点、80点の状態でお客様に提案する」ことに、どうしても抵抗があるんです。

諏訪「より良いものを創ろう」という目的自体は以前と全く変わっていなくても…

篠原そう。決して、最初から70~80点程度の中途半端なところを目指しているわけではないんです。研究開発の初期段階ではやはり、完璧な理想を求めて邁進しています。そして理想に近づいた段階で、改めてプラティカル(実用的)な目標を設定し、70点とか80点の完成度に近づけたいと思っているんです。最初から70点、80点を狙ってしまうと…、

諏訪本当にイマイチな技術になってしまうリスクがあるわけですね。

篠原そう。だから、「目標設定を切り替えるタイミング」と、その段階での「目標設定の仕方」は非常に重要だと考えています。

諏訪そうした意識や行動の変革を研究者に対して、どのように促しているのですか?

篠原技術たけではなく、「マーケット」や「顧客」の視点を同時に持つよう、常々口酸っぱく言っています。そうすれば、「切り替えるタイミング」も自ずと明確になりますから。

諏訪どの部分を取り去って80点とする「目標設定の仕方」は、どのようになさっているのですか?

篠原そこが非常に難しい点です。ややもすると、80点の中に、自分たちの持つ技術の良いところを全て投入してしまおうという発想になってしまいますから。しかしそれでは、お客様からすると、80点ではなくて、場合によっては50点に見えてしまうこともある…。ですから、「お客様が求めているものは何か」をまずしっかり捉えたうえで、お客さまにとって本当に必要なものを80点のほうに入れ、あとから付け加えてもよさそうなものはいったん残りの20点のほうに置いて考えてみることも大切だと思っています。つまり、及第点となるものを確実に創るよう、社内の研究者に伝えているのです。

諏訪満点主義に陥らないようにする鍵は、お客様の視点にあるというわけですね。

篠原そう。顧客の視点を持つためには、外部と連携することも非常に重要だと考えています。例えば、我々のような旧来からの通信事業者が当たり前に持っている考え方と、OTT(Over the Top:動画データや音声データなどのコンテンツを通信事業者のサービスによらずに提供する)事業者が持っている考え方とでは、どちらが良い悪いではなく、根本的な考え方に違いがあります。OTT事業者のほうがマーケットにより近いので、そうした考え方の違いに接することで、正しい80点を導き出せる力を身につけることができたりします。
そのため、サービス開発系の研究者には、自分たちの力にばかり頼るのではなく、「他社と一緒に創る」ことの重要性も盛んに説いています。

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