NINESIGMA TOP > 研究開発TOPとの対談 > 第2回 積水化学工業 取締役常務執行役員/R&Dセンター所長/上ノ山 智史

積水化学工業株式会社

取締役常務執行役員/R&Dセンター所長 上ノ山 智史

第2回のゲストに登場していただいたのは、積水化学工業株式会社の取締役常務執行役員でR&Dセンター所長の上ノ山 智史氏。
住宅、環境・ライフライン、高機能プラスチックスなど多岐に渡る事業の今後の方向性、そして技術者のマネジメントについて───その本質に迫りました。

転換期を迎え見えてきた───3つの課題

諏訪本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。上ノ山さんがどのような考えのもとでR&Dを運営しているのか、ざっくばらんにお話しできればと考えております。

上ノ山積水化学工業の事業は、「住宅」と「インフラ事業の環境・ライフライン」、そして「成型加工技術をベースとした高機能プラスチックス」の3つのカンパニーから構成されています。

諏訪消費者向けのBtoC事業から企業向けのBtoBの事業まで、お客様はかなり幅広いですね。

上ノ山顧客が広範囲に渡るためシナジーが出にくいという点もありますが、それ以上に、住宅事業は人口減少に伴って市場が縮小していきますし、インフラ事業は、公共投資が今後とも増えていきにくい状況にあります。さらに、プラスチック事業においては、現在自動車の合わせガラスに使用する中間膜や、コレステロール検査薬・検査機器など事業としてしっかり進められてはいますが、今後大幅な需要増を見込めるかというとちょっと疑問です。そう考えますと、コーポレートR&Dの立場としては、次世代の積水化学を支えていく「新しい事業のネタ」をなんとか仕込めないかなと考えたくなるのです。

諏訪次の積水化学を支える大きな柱となる技術ですね。

上ノ山簡単では無いというか、とても難しいことですが、色々工夫できないものかとは思っています。R&Dのマネジメントについても根本的に見直す必要を感じています。

諏訪それはどういう理由からでしょうか?

上ノ山R&Dを取り巻く環境が昔と今では当然ながら全く異なっています。例えば積水化学の歴史を30年ずつ分けて考えた時、1950年から70年代と、1980年から2010年では、あまりにも置かれている状況が異なります。例えば、プラスチックの成型加工を例に挙げると、1950年から70年代までは技術もニーズも大きく伸びた時代で、研究開発はやれば成果を出すことができたといえます。しかしその後30年間は、成果を上げにくい時代になっているにもかかわらず、それまで成果を上げていたので、もう少し待てば実績を上げられるんじゃないかという期待と楽観的な感覚で、マネジメントの工夫もなく同じように研究開発を継続してしまっているのです。

諏訪過去の成功を引きずってしまっているというわけですか。

上ノ山そう。しかし現実には、今の積水化学の商材のほとんどは、1980年までに開発されたものなのです。
もちろん、1980年以降でも、1000億円を超える規模までに成長した住宅のリフォーム事業などの例外はありますが、R&D主導で生み出した商材で、将来、事業の柱となるようなものとなると残念ながらほとんどでてきていません。
大きな柱となる商材を生み出しにくくしている原因は何か…。そしてその認識の下どのようにR&Dのやり方を変えなければならないか、ということを真剣に考えなければなりません。

諏訪それは何でしょうか?

上ノ山大きくは3つぐらい考えて見たくなります。まず1つ目は、「取り組むテーマの独自性が不足している」ということ。
例えば欧米人の場合、「皆がやっているんだったらやめようか」という考え方をするのですが、日本人の場合だと、どちらかというと皆がやっていることを自分も同じようにやると安心だとか、正解だとか考えてしまう。農耕民族の気質です。これを私は「同質の過当競争」とよく言っているのですが、結果的には非常に競争が激化し差別化できず、R&Dが疲弊してしまいます。

諏訪つまり、失敗を恐れて他社と同調することで、自分たちの足下をすくわれてしまうということですね。似たような技術が増えるほど、大きな柱となる新事業を築いていくのは難しくなる。他にはどのような背景がありますか?

上ノ山2つ目は、「顧客に受け入れてもらえる製品を開発完了するまでの時間が、以前よりも格段に長くなっている」ということです。例えば電子部品の提案だと、お客さんからは「これだけ必要なスペックがありますから全部満たして持ってきてください。」と言われてしまう。そのスペックのレベルが益々高くなってきていますので、全て満足させようとすると平気で5年も10年も時間がかかってしまう。

諏訪時間がかかる上に、個別の要求に特化しすぎると別の用途への展開も難しくなりますよね。3つ目は何ですか?

上ノ山3つ目は、誤解の無いように言う必要がありますが、研究者自身が、たとえ開発のペースが遅くても、開発がそれほど順調に進まなくても「危機感が薄い」ということです。

諏訪危機感が薄い?それはなぜでしょうか?

上ノ山まずはハングリーになりにくい現実があります。研究者として成果を出そうが出すまいが、毎月自動的に銀行に給料が振り込まれ、やらなければならないという不安も、自分がやって得る対価というものに対する喜びも薄れてしまっています。マイペースとは言いませんが毎日同じように研究することが自分の仕事だという感覚になってしまっている。土日も休めますし。明日をも知れないベンチャーのおやじとはアグレッシブさでは雲泥の差になってしまっています。兎に角研究開発のスピードが遅い。
それと中央研究所という組織の問題も顕著になってきています。中央研究所は1930年代にデュポンでナイロンが開発された時、「中央研究所なるものが組織されていると頭の良い奴らがなんか出してくれる」ということで、当時は世界中で、研究開発を行う各企業が当たり前のように中央研究所を創設して研究を進めました。結果を出しやすい時代はもちろんそれで良かったのですが、それが今のように難しい時代になると、この隔離された環境で自分で勝手に考えて研究を進めてしまうことこそが問題となってきていると思っています。

諏訪日本の労働環境では、9時ー17時の間で動いて上、早く帰宅しましょうと国が厳しく指導してくる。でも、研究開発は実験の準備などがあって、単純に時間で区切られてしまうと、思ったように研究が進まないという問題もありますよね。

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